第33話・モヤモヤとドキドキ

「それじゃあ早矢香、先に帰るね」

「うん、気を付けてね? 帰り道には怖~いオオカミがたーくさん居るから♪」

「怖いオオカミ?」

「シエラちゃんのファンがわんさか居るって事だよ♪」

「……よく分からないけど気を付ける、それじゃあまた明日ね」

「またねー♪」


 放課後の不思議研究会の部室、シルフィーナさんと約束があったシエラちゃんは赤井さんに向けてそう言うと、さっさと部室を出て帰って行った。

 これまでなら俺にも何か言ってくれたはずなのに、最近のシエラちゃんは俺に対する口数も減ってきていた。


「ねえ先生、シエラちゃんと何かありました?」

「えっ? いや、別に何も無いけど?」

「本当ですか?」

「俺が赤井さんに嘘をつく理由は無いと思うけどね?」

「確かにそうですけど……最近のシエラちゃんちょっと変なんですよね」

「何が変なの?」

「二人で居る時はそうでもないんですけど、最近は先生が居ると様子が変なんですよ」

「だからどんな風に変なの?」

「先生の事を見ない様にしてると言うか、見たいけど見ない様にしてると言うか、何かそんな感じですね」

「それって俺がシエラちゃんに嫌われてるって事か?」

「いえ、あれはそんなんじゃないと思いますよ?」

「だったら何だって言うんだ?」

「断言はできませんけど、私から見ると戸惑ってる――って感じに見えますね」

「戸惑う?」

「例えばですけど、答えの分からない難しい問題に当たって悩んでるとか、その問題の対処法が分からずに戸惑ってるとか、何かそんな感じですかね」

「難しい問題ねぇ……」


 言ってる事はなんとなく分かるけど、そもそもシエラちゃんが俺の事を避ける様な難しい問題なんて何も思い当たらない。だからこそ最近のシエラちゃんの態度の意味が分からなくて困っているんだから。


「まあ二人の間で何があったかは分かりませんけど、ちゃんと話をした方がいいですよ? あのお年頃は色々と難しいですから」

「あのお年頃って、赤井さんも同じだろ?」

「同じだからこそ分かるんですよ、だからちゃんと話をした方がいいって言ってるんです」

「そっか……そうだな、うん、ちゃんと話してみる事にするよ」

「そうですよ、早く話をしていつもの二人に戻って下さいね? じゃないと二人をネタにした話を教室でやり辛くなりますから」

「それは是非止めてもらいたいもんだね」


 こうして俺はシエラちゃんと話をし、しっかりと向き合う事を決めた。


× × × ×


 ――よしっ、この洗い物が終わったら話をしよう……。


 仕事を終えて自宅に帰った俺は、シエラちゃんと話す絶好のタイミングを窺っていた――と言うのは建前で、話を始める勇気が出なくてここまでズルズルと引っ張ってしまっていた。なまじ相手が近くに居ると、ホントこういう時に困ってしまう。

 そして全ての洗い物を終えた俺は、ようやく意を決してシエラちゃんのところへと向かった。


「シ、シエラちゃん、ちょっと聞きたい事があるんだけど、いいかな?」

「うん、いいよ」

「えっとあの……単刀直入に聞くけど、最近俺の事を避けてない? もしかして知らない内に何かしちゃった?」

「な、何もしてないよ……」


 シエラちゃんはそう言うけど、その態度と表情はあからさまにおかしい。


「それじゃあどうして俺を避けてるの?」

「べ、別に避けてるわけじゃない……」

「避けてるわけじゃない?」

「うん……でもね、合宿が終わった頃くらいから、先生を見てると知らない内に距離を取っちゃう様になったの……」

「俺を見てると?」

「うん、自分でもよく分からないけど、何でかそうなっちゃうの……」


 そう言って顔を俯かせるシエラちゃんの言葉に嘘はないと思える。

 それにしても、この情報だけではシエラちゃんが俺を見てそうなる理由はよく分からない。


「あのさ、俺を見るとどんな感じになるの?」

「えっと……よく分からないけど、なんだかモヤモヤする」

「モヤモヤ?」

「うん、そしてモヤモヤしたあとに身体が熱くなって、それで先生の事が見れなくなる……」


 ――モヤモヤして身体が熱くなる?


「……とりあえずシエラちゃんは俺の事を嫌ってるわけじゃない――って事でいいのかな?」

「どうして私が先生の事を嫌うの?」

「えっ? いや、俺が知らない内にシエラちゃんに嫌われる様な事をしてたって可能性もあったのかなと思ったから」

「先生は私が嫌う様な事なんてしてないよ? いつも私に優しくしてくれてるもん」

「そ、そっかな?」

「うん。だって先生は会った時からずっと優しかったし、こっちで初めて私に嘘の無い言葉を掛けてくれた人だから」


 そう言うとシエラちゃんはにこっと微笑んだが、俺はそんなシエラちゃんの微笑みを見てドキッとしてしまい、そのまま視線を逸らしてしまった。


「どうしたの先生? 顔が赤いよ?」

「な、何でもないよ!?」

「それならいいけど、本当に大丈夫?」

「あ、ああ……」


 チラッと視線を戻して見たシエラちゃんの顔はとても心配そうだったが、俺はそんな表情を見て更に胸をドキドキと高鳴らせていた。

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