第18話・優れたメイドの居る生活

「とりあえず中へどうぞ」

「はい、お邪魔致します」


 玄関前でシルフィーナさんに必死の嘆願たんがんをされていた俺は、とりあえず世間体を考えて部屋の中へと通した。


「狭いですけど、適当に空いてる場所へ座って下さい」

「ありがとうございます」


 シルフィーナさんはテーブル近くの空いている場所へ座ると、その近くに座ったシエラちゃんと話を始めた。しばらく顔を合わせていなかったんだから、積もる話も沢山あるだろう。

 俺は二人が会話を始めたのを見て台所ヘ向かい、やかんをコンロにかけて水を沸かし始めた。


「シルフィーナさん、コーヒーで大丈夫ですか?」

「はい、飲んだ事はありませんが大丈夫だと思います」

「分かりました」


 ――コーヒーを飲んだ事がないって、今どき珍しいな。


 そんな事を思いながら水を沸かしたあと、俺は三人分のインスタントコーヒーを淹れて二人が居る所へと戻った。


「シルフィーナさん、どうぞ」

「お手伝いもせずにすみません」

「いえいえ、大丈夫ですよ。はい、これはシエラちゃんの分ね」

「ありがとう、先生」

「シルフィーナさん、もし苦かったら砂糖もありますから、自由に使って下さい」

「お気遣い、ありがとうございます」


 そう言うとシルフィーナさんは陶器製の白いコーヒーカップを右手に持ち、左手を添えながらとても上品にコーヒーを飲み始めた。


「程よい苦味と酸味、そして鼻に抜ける独特の芳ばしい香り、これがコーヒーなのですね」


 飲んだコーヒーの感想を率直に述べると、シルフィーナさんはコーヒーカップをテーブルに置き、角砂糖を一個入れてからティースプーンでかき混ぜ始めた。そして角砂糖が入ったコーヒーを十分にかき混ぜ終えると、再びコーヒーカップを持って口へと運んだ。


「芳ばしい香りはそのままに、苦味と酸味に甘さが上手く調和していますね、とても美味しいです」

「気に入ってもらえて良かったです。ところでシルフィーナさん、さっきまで話していた同居の件ですけど、見ての通りうちは凄く狭くて、とても三人で住める様な環境じゃないんですよ」

「……失礼とは思いますが、確かにそうかしれませんね」

「はい、ですからシルフィーナさん、この近辺で部屋を借りてみたらどうですか?」

「なるほど、それなら早乙女様にもご迷惑をかけずに済みそうですね。それでは早乙女様、私が住む部屋が見つかるまでの間だけ、こちらにお世話になるわけにはいかないでしょうか?」

「シルフィーナさんがこの狭さでも大丈夫なら構いませんけど」

「私は大丈夫です」

「それならいいですけど、シエラちゃんはそれでいい?」

「うん、いいよ」

「ありがとうございます、早乙女様、シエラ様。新居が見つかるまでの間、お世話になります」


 こうしてシルフィーナさんが家を探すまでの間、俺達はこの狭い部屋で三人暮らしをする事になった。


× × × ×


「おはようございます、早乙女様」

「あっ、おはようございます、起きるの早いですね」

「早乙女様とシエラ様の起床時間は昨日お聞きしておりましたので、それに合わせて朝食を摂れる様に準備しておりました」

「えっ!? わざわざ朝食を作ってくれたんですか?」

「はい、こちらにご厄介になるわけですから、これくらいの事はシエラ様に仕えるメイドとして当然です。さあ、朝食はテーブルに用意しておりますので、どうぞお召し上がり下さい」


 そう言ってスッと伸ばした右手の先のテーブル上には、美味しそうなオムライスと野菜がたっぷりと入ったスープが用意してあった。


「凄く美味しそうですね」

「ありがとうございます。それと早乙女様、事後報告となり申し訳ありませんが、食材は冷蔵庫にある物を使わせていただきました。問題は無かったでしょうか?」

「あ、はい、大丈夫ですから気にしないで下さい」

「恐れ入ります」

「それじゃあ、顔を洗ったら朝食を頂きますね」

「はい」


 俺は急いで台所へ向かい、顔を洗ってうがいをしてから食卓へとついた。


「いただきます」


 用意されていたスプーンでオムライスをすくい上げ、それを口の中へと運ぶと、ふわふわの玉子と程良い濃さのケチャップライスが口の中で絡み合い、細かく刻まれた野菜や鶏肉がその旨味を口の中で広げていく。


「いかがでしょうか?」

「凄く美味しいです! まるでお店で出されるやつを食べてるみたいですよ!」

「それは良かったです。お屋敷で古書を見て作り方は知っていたのですが、初めて作る料理でしたので些か緊張しました」

「えっ!? これ、初めて作ったんですか?」

「はい、お屋敷には料理人も居ますから、私が料理をする事は滅多にありませんでしたので」

「へえー、それなのに初めての料理をこんなに美味しく作れるなんて、シルフィーナさんは料理の天才ですね」

「お褒めいただき、ありがとうございます」


 こうして俺は用意されたオムライスと野菜スープを美味しく平らげ、久々に大満足な朝食を終えた。


「――さてと、そろそろ行かなきゃな」


 朝食を摂って仕事へ行く準備を済ませた俺は、いつもの様に用意していたリュックを手に取った。

 そしてその時にシエラちゃんの方へと視線を向けたが、シエラちゃんはいつもの様にまだぐっすりと眠っている。


「シルフィーナさん、シエラちゃんは昔から朝に弱いんですか?」

「奥方様ほどではありませんが、シエラ様も朝には弱いですね。ですがその寝姿が、私にとってはたまらなく可愛らしいのです。ふふふっ……」


 シルフィーナさんはそう言いながら、顔が溶け落ちそうなくらいのとろけ顔を見せた。


「そ、そうなんですか、それじゃあシエラちゃんの事はお任せしますね?」

「はい、シエラ様の事は私にお任せ下さい」


 いつもは出掛ける前に俺がシエラちゃんを起こして行くわけだが、俺は眠るシエラちゃんをシルフィーナさんに任せて家をあとにした。

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