第8話・シエラの頑張り
「先生、おはようございます」
「おはよう」
「先生おはよー」
「おはよう」
「ねえ先生、何でシエラちゃんと一緒に来ないのー?」
「大人の事情だよ」
「だよねー、知ってたー」
朝の通学路では、挨拶以外にもこんな質問が飛んで来る事もあるが、俺はその度に大人の対応をしなければならない、凄く面倒な事だけど、社会で生きる上では仕方のない事だ。
それにしても、入学式から三週間も経つと新入生達の表情もずいぶん柔らかくなり、学校生活に慣れ始めてきた事が分かる。
俺はと言えば、シエラちゃんの件で色々あると思っていたわけだが、むしろシエラちゃんの件があったおかげか、興味津々な生徒達からはとても気軽に話し掛けられていた。今のご時世、世間は先生と生徒の関係にはとても敏感だが、若者達は思ったほどそういった事を気にしていないらしい。まあ何事も無いならそれはそれでいいんだけど、平和過ぎるとなぜか不安になってしまうから不思議だ。
「あっ、早乙女先生ー!」
俺に声を掛けて行った生徒の中でも特に大きく明るい声が聞こえて振り返ると、赤井さんがこちらに向かって走って来ていた。
「おはよう、赤井さん」
「おはようございます。先生、これ先週の活動報告です」
赤井さんから部活の活動報告を受け取った俺は、その内容をササッと流し読みしてみた。
「へえー、先週は学校の不思議スポット巡りをしてたの?」
「はいっ!」
「何か不思議な事は起こった?」
「いえ、特にこれと言った事は無かったです、でもシエラちゃんと一緒に不思議スポットを回るのは楽しかったですよ」
「そっか、まあ不思議探しもいいけど、危ない所に行くのはダメだぞ」
「分かってますよ、そんな所へ行く時には、先生も一緒に連れて行きますから」
「おいおい、勘弁してくれよ」
「あははっ、そんな顔しなくても大丈夫ですよ、一割くらい冗談ですから。それじゃあ先生、またあとで」
そう言うと赤井さんは、楽しそうにしながら学校の方へと走って行った。
――九割本気で一割冗談って、もうほとんど本気じゃねーか、頼むから変な企画を立てないでくれよな。
マジで面倒な事にならなければいいなと思いつつ、俺はゆっくりと学校へ向かった。
× × × ×
「先生」
四限目終了のチャイムが鳴って間もなく、シエラちゃんが一つの可愛らしい包みを持って職員室へとやって来た。
「ん? どうしたの?」
「これ、調理実習の時に作ったクッキー」
「えっ? これを俺に?」
「うん、先生に食べてもらおうと思って作った」
「そ、そうなの? ありがとう」
「うん、それじゃあ」
シエラちゃんは要件が済むとすぐに職員室を出て行った。
相変わらず会話が端的だが、それよりも俺は、シエラちゃんに貰ったクッキーを前に柄にもなく感動をしていた。なぜならこの世に生を受けて以来、女の子から手作りのクッキーなんて貰った事が無かったからだ。
「いやー、いいですねー早乙女先生は、羨ましくて口から砂糖が出そうですよ」
「ちょっ!? か、からかわないで下さいよ! 田中先生」
「ははっ、あんな場面を見たら生徒じゃなくてもからかいたくなりますよ。なにせ私は独身ですからね……」
「あっ、いやその……すみません、良かったらお一つ食べますか?」
「いや、結構です、貰ったら余計虚しくなるんで……」
「そ、そうですか、それじゃあ自分は学食へ行きますので……」
本気で凹んでいる様子の田中先生の前でクッキーを食べるわけにもいかないと思った俺は、クッキーが入った包みを持って急いで職員室を出た。
生徒達はともかくとして、先生達も俺とシエラちゃんの事についてあまり気にしている様子はなく、田中先生の様にその事をからかって来る先生も多い。まあ冗談だと分かっているからいいんだけど、こういう事に慣れてない俺にはキツイ時もある。だけど、別に悪い気はしない。
ちょっと――いや、かなり嬉しい気分で学食へ向かっていると、廊下の途中で赤井さんが居るのが見えた。そして赤井さんは俺を視認すると、ニヤッとした顔で俺に近付いて来た。
「先生ー、シエラちゃんからクッキーは貰いましたかー?」
「えっ? ああ、今さっき貰ったよ」
「そうですかー♪ でも、気を付けた方がいいですよ? シエラちゃん男子に人気だから、クッキーを貰ったなんてバレたら嫌がらせされちゃうかもしれませんからね」
「そういう怖い事を楽しそうに言わないでくれる?」
「あははっ、ごめんなさい、楽しそうな事があるとついこうなっちゃうもんで」
「それよりも、シエラさんて男子に人気なの?」
「やっぱり気になりますか?」
「べ、別にそう言うわけじゃないけどさ……」
「もお~、そんなに照れなくてもいいのに~♪ でもシエラちゃん、凄く一生懸命に作ってたから、しっかりと味わってあげて下さいね?」
「あ、ああ、そうするよ」
「それじゃあ、また放課後に部活で」
爽やかな笑顔を見せて去って行く赤井さんを見たあと、俺はクッキーが入った包みを見た。
――そういえばシエラちゃん、料理は苦手だったよな。
料理に関してはお世辞にも上手いとは言えないシエラちゃんだが、一生懸命にこれを作っている様子は想像できる。だって俺は、毎日シエラちゃんが一生懸命勉強に励んでいる姿を見てるんだから。
「ありがたくいただかないとな」
俺は向かった学食でいつもの定食を頼まず、おにぎりと飲み物を買ってから中庭のベンチに向かい、そこでおにぎりを食べてからじっくりとシエラちゃんの手作りクッキーを味わった。
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