ボクが妹になってあげるよ

√素数

「妹、欲しいなあ」と呟いたら。

パタン、という音とともに「はあ」とため息が聞こえてきて思わず視線をそっちに向けると、そこには華恋がいた。

「妹……欲しいなあ」

はあ、なるほど。また妹モノのラノベでも読んで感情移入してたのかな。ふむふむ、じゃあ、それなら。

ボクは足音を立てずに華恋に近寄った。


「どうしたの、華恋姉ちゃん?」

「ひゃあっ?!」

突然目の前に現れたレオンに驚いてうっかり本を落としそうになり、慌てて持ち直すとふう、と息をつく。

「ん? 待ってください、華恋姉ちゃん?」

「そう、華恋姉ちゃん」

にっこりと綺麗な笑みの浮かんだ表情はそれと同時に、何かを企むような顔で。

「ボクが妹になってあげるよ。何でも言って」

突然レオンが現れて妹になるだなんてそんなのちょっと変だけど、そのときの私は頷くことしかせず、まるで不思議なことが起こっても信じてしまう夢の中のように、レオンの手を取っていた。

そうして着いたのが、大型のショッピングモール。

「何か見たい映画とかある? お姉ちゃん」

レオンって演技上手なんだなあ、とか感心しちゃう。本当の妹のようになりきって、さっきから私にべったりだった。お兄さんやお姉さんが大好きな妹は……嫌いじゃないです。

「え、あ、じゃあ」

私が指をさした先には、映画館の上映中のポスターが貼ってあった。そのうちの一つ、これは実はずっと前から公開を楽しみにしていたもので。

「観ようか」


公開したばかりの映画はお客さんも多く、それなのに偶然空いていた良い席に座れて、私たちは二時間もあっという間に感じるほどに熱中していた。

「凄かったですね、やっぱり劇場版は違いますね!」

「本当、それだよ! テレビくらいでしか映画は見ないけど、やっぱり映画館で見てこそ本当の良さがわかるってものだよ!」

ラノベ原作のアニメの劇場版は、原作の内容を忠実に再現しつつも音や光の効果が小説だけでは味わえない喜びで、私もレオンも大満足だった。

それにしても。ふと、思い出したことがある。上映前の、ジュースを買おうとしていたとき。私は……コーラにしようかな、レオンはどうします? とかけた声が耳に届いていない様子で、レオンは店頭で作られているポップコーンが弾けるのをじっくりと眺めていた。

「レオン、ポップコーン食べたいですか?」

「うん!!」

まさに、満面の笑み。

それから、嬉しそうに店員さんからポップコーンを受け取って上映中もコンスタントに食べ進めていた。上映後に気がつけば無くなっていたので、よっぽど好きなのかな、とか思ったり。

「あ、そうだお姉ちゃん、ゲーセン! ゲーセン行こ!」

「え、ちょっと、どうしたんですか」

急に早足になってゲームセンターの方向へ歩き出すレオンに追いついて声をかける。

「今ならクレーンゲームでボクの好きな作品の限定フィギュアが取れるんだ!」

嬉しそうな横顔を追って、私はレオンの行くままに着いて行った。

「お姉ちゃん、ゲーセンといえばゲームしよう!」

レオンはすごく強くて、私じゃとても勝てないかなって思ったけど、一回だけ勝たせてもらっちゃって。とっても嬉しかった。

「クレープ食べよう! 女子高生っぽい!」

鼻の先にクリームをつけて、レオンったらしばらく気づかなくてね。

「ペットショップ見よう!」

可愛い可愛いって、そればっかり言ってたレオン自身も可愛かったんだよ、本当の妹みたいで。

「夕ご飯食べよう!」

クレープを食べたのにまだ入るの? って感じでたくさんお腹の中に収まっていって……別腹ってご飯の前でもあるんだ! とか。

「本屋さんに行こう!」

やっぱり、私たち二人を繋ぐのは本だから。

しんとした空気の中、気になった本の背表紙から手にとって表紙を見て、を繰り返す。レオンとはちょっと趣味のジャンルが違うから、見てるコーナーも違うはず。だけど。

「あ、あのさ」

レオンの声が真横から聞こえて振り返ると、少し頭が下がったレオンがそこにいた。

「ん?」

「ごめんね、ボクばっかり楽しんじゃって……何でだろう、いつもはこんなにはめ外さないはずなんだけどな」

照れているような、申し訳ないと言っているような不思議な表情だった。

「良いんですよ、こんなに楽しそうなレオンは見たことないってくらい、今日良い笑顔がたくさん見れましたから」

「そ、そうかな」

「それに」

あのレオンの笑みを想像すると、私まで笑顔になってくる。実際に、口元が緩んで頬が上がっていた。

「レオンは私の妹ですから」

感謝の思いを笑顔に乗せて。レオンにちゃんと、伝わったかな。

「じゃあ、今日は一冊くらいレオンの欲しい本買いましょうかね」

「え、そんな、悪いよ」

「良いんです良いんです。今日のお礼というか……少しはお姉さんっぽいことさせてください」

「……じゃ、じゃあ……! お言葉に、甘えて」

ふふふ、可愛い。レオンの新たな一面が見られて、とても素敵な一日でした。

今日のことは、先輩には内緒です。

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