第15話 エピソード・∞
「おい、どうした。しっかりしろ。」
そこは『ロッキー』のカウンターだった。
「何をうなされてるんだ。さあ、今から『ピンクシャドウ』に行くぞ。」
「うん?」
どうやら夢だったようだ。でも一体どこからが夢?
「なあ。」
ボクはヒデに尋ねた。
「その店にミウちゃんって子がいる?」
「何を言ってるんだ。おまいさんのオキニだろ?」
「やっぱりいるんだ。」
「いや、最近辞めたって言ってたよな。おまいさんが言ったんじゃなかったっけ?ずっと通ってたんだろ?」
「彼女って大学生だって言ってたよな。」
「そんなこと知るかよ。おまいさんのオキニの女の子のことなんておまいさんしか知らないだろう。彼女が辞めたから、新しいオキニを見つけに行こうっていうのが今日の趣旨じゃなかったのか。なんだ?まだ寝ぼけてるのか?」
「今日は何月何日だっけ?」
「ええ?十二月二十日だけど。それがどうした。」
「いや、なんでもない。」
「しかし、ミウちゃんってのも罪だよな。クリスマスを前に辞めちゃうなんて。たくさんの客がぼやいてるだろうぜ。」
ボクは未だに信じられない気持ちだった。夢にしてはリアルすぎる夢だったからだ。
今目の前にある光景が現実であるとするならば、ボクはまだ彼女と数回ほどしか会っていないことになる。しかし、彼女のことを気に入っていたのは事実だ。
どの場面が現実で、いつの時点が夢なのか。
それにしても恐ろしい夢だった。
夢の中での出来事。思い起こせばミサがとった行動には全て意味があった。
お店でデッサンを渡したとき、彼女が「キャッ」と声を上げたこと。それは彼女の胸元にロザリオのペンダントを描いたから。
ボクの部屋に来たときにリビングの中を見渡すように凝視していたこと。それはボクの部屋の中にロザリオを描いた絵がないか確認していたのかも。
そして彼女の名前が「クマノミサ」。頭に「ア」を付けると・・・・・。
そうだ、やっぱり彼女はバンパイヤだったのだ。
しかしそれは夢の中の出来事。ホッとするやら、淋しいやら。
ボクは彼女の餌食でも良かった。ずっと彼女と一緒にいられるなら、下僕でも奴隷でも何でも良かった。彼女の牙に咥えられながら、ヨーロッパを転々と・・・か。
それでも彼女の匂いをずっと身に纏えるなら、それで幸せだったのかもしれない。そんな気持ちだった。
しかし、彼女は店を辞めたという。しかも今はまだ十二月だ。
ボクは相当疲れているのか・・・。
そんなことを思いながら何気に手を首筋に持っていったとき、ボクは驚愕する。明らかに二つの傷跡の手触りがあるではないか。
慌ててトイレに駆け込み、鏡で確認すると、まさに吸血鬼に噛まれた跡のような直径五ミリほどの丸い傷跡を二つ見つけた。だけど痛みは無い。
もう現実と夢との境がわからない。
わかっているのは、彼女が、ミサが恋しいということ。
ああ、また目の前がふらついてきた。
そしてあの夜の彼女のしなやかな肌を思い出す。
やわらかな唇、香しい匂い、妖しい瞳・・・。またぞろボクの中の狼が疼く・・・。
先に虜にさせられちゃったな。
ボクが魔力を使う前に・・・。
もうボクの爪が伸びることは無いのだろう。
そして月が赤く染まることも・・・。
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