六 鏡児
「う……」
「ああ良かった、気がついたんだね」
「東雲、さん……?」
段々とはっきりしてきた視界に映ったのは安堵する東雲さんの顔。
でもその顔はすぐに申し訳なさそうなものへと変化する。
「――すまない。出来ることならさっきの休憩所で休ませてあげたかったんだけど、そこまで無事に辿り着ける自信が無くてね……」
「い、いえ、僕の方こそ、すみません……」
「あんな目に遭ったのだから仕方ないさ。それより大丈夫かい?随分と魘されていたようだけど……」
「っ……」
ああ、そっか。
さっきまで僕が見ていたのは――
「起きたばかりで申し訳ないのだけど、君に聞きたいことが――」
「灯のこと、ですよね」
「あ、ああ……」
東雲さんに話そう。
僕が知っていることを、全部。
「灯は僕と双子の兄弟で、十四年前ここで起きた山火事の被害者です」
「被害者……薄々そうだろうとは思っていたが、やはり君は……」
「――はい、僕は十四年前にこの山で間引かれるはずだった鏡児……の生き残りです」
「よく無事に山を下りることができたね」
「助けてくれた子がいたんです。幽霊……だったと思うんですけど」
「幽霊が、君を?」
「は、はい」
物凄く意外そうな顔をしているのは東雲さんにとって幽霊は退治すべきもの、と言う認識が強いからなのかな。
「……折角生き残れたのに、どうしてこの山へ戻ってきたんだい?君にとってここはもう二度と来たくない場所だろうに」
「……夢を、見るんです。灯に逃げたことを責められる夢を……ずっと……」
「確かにあの怨霊は君に対して異様な執着心を見せていたね。けどそれは――」
「灯は僕と一緒に死ぬことを望んでいたんです。でも僕は死にたくなくて、だから逃げて……」
「――西塚くん、十四年前の君がした選択は正常で健全なものだよ」
「えっ……?」
思わぬ言葉に頭が混乱する。
逃げて生き残ったことが正常で健全な選択だなんて――
「何の理由もなしに死ぬことを望む人間なんて早々いるものじゃない。死ぬことを恐れ、拒むのが普通なんだよ。……あくまで私の個人的な見解だけどね」
「……死ぬのが怖いと思うのが普通なら、灯はどうして……」
「心当たりは?」
「多分、なんですけど……灯は知ってたんだと思います。周りの大人が僕たちを……鏡児を疎ましく思っていることを」
「……君たちの両親は?我が子を守ろうとはしなかったのか?」
「えっと……」
これはどう答えるべきなんだろう。
顔も名前も知らない人たちが僕たちをどう思っていたかなんて分からない、って素直に言っちゃっても良いのかな。
「……その反応を見るに全うな親として取るべき行動を取らなかったみたいだね」
嘆かわしい、と言わんばかりの表情を浮かべながら東雲さんは溜め息を吐く。
「これだから因習に縛られた輩は――」
「し、東雲さん?」
「……すまない、今のは聞かなかったことにしてもらえるかな」
少し気恥ずかしそうな顔を見せながら東雲さんは大袈裟に咳払いをする。
「一旦情報を整理しようか。西塚くんとあの怨霊は双子の兄弟……鏡児で十四年前にこの山で間引かれるはずだった」
「……はい」
「しかし君はとある幽霊の助力により間引きを免れ、一人生き残った」
「…………はい」
「私の記憶違いでなければここで山火事が起きたのも十四年前だったはずだか……」
「同じ日、です。山火事が起きたのも、僕たちを間引くお祭りが催されたのも」
「……顔の火傷はその時に?」
「はい、山を下りている時に負ったものです」
「じゃあ炎に包まれた山の中を下りてきたのか?本当によく――」
「――どうして」
唐突に響く、女の子の声。
「君は……」
「どうして、戻ってきてしまったの?」
あの時と一切姿が変わっていない彼女は僕を睨み付けながら詰め寄る。
「ねぇどうして?」
「……灯を、放ってはおけないから」
「会いに行っても無駄、彼は――」
「君の命を奪おうとする怨霊でしかない」
「っ――」
突き刺すような東雲さんの言葉に息が詰まる。
「……もう会ってたんだ」
「取り逃したがな。次は確実に――」
「ま、待ってください!」
いきなり僕が叫んだからか東雲さんも彼女も目を丸くする。
「も、もう一度だけ、灯と話をさせてもらえませんか……?」
「……またあの怨霊が君を殺そうとしたら?」
「っ……その時、は……」
もしまた灯が僕のことを殺そうとしたら、その時は――
「――まぁ、君がどう答えてもあの怨霊を退治することには変わりないがね」
「えっ、」
「……性悪」
「優先順位の問題だ。――ところで、何故お前は西塚くんを助けた?」
東雲さんの表情が一段と険しくなる。
やっぱり幽霊は全部嫌いなのかな。
「……同じだから」
「同じ……鏡児だから、か」
東雲さんの問いに彼女は頷き、僕の方に向き直る。
「本当に行くの?」
「……行くよ。もう一度灯に会って、話をしたい」
「怖くないの?」
「……怖いよ、凄く怖い。でも僕はもう逃げたくないんだ」
「――そう」
何かを決心したように彼女は踵を返す。
「ついてきて、彼に会わせてあげる」
「っ……ありがとう!えっと……」
「……どうしたの?」
「君の名前、まだ聞いたことなかったなって……」
「あかり」
「えっ?」
「わたしの名前。あなたの名前は?」
「……灼」
自分の名前を告げると彼女――あかりはくすりと微笑む。
「それじゃあ――」
「待て、いや待ちなさい」
珍しく慌てた様子で東雲さんが制止の言葉をかける。
「せめて行き先ぐらい言ってから――」
「来れば分かる」
「わっ、ちょっ、あかり!?」
強引に僕の手を引っ張りながらあかりは走り出す。
「いくら幼いとはいえ言葉が足りなすぎる……!」
愚痴を溢しながら追いかけてくる東雲さんを横目に見ながら、あかりに連れて行かれた先。
それは――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます