五 過去
「――あの夫婦も災難だな、ようやく授かった子どもが鏡児だったなんてよ」
「こんな酷い話も早々無いよなぁ」
「間引き……じゃねぇや、祭りが終わった後に授かる子どもが一人で生まれてくれると良いんだけどなぁ」
「そうだな。ところでその祭りの準備は――」
「……そっか、やっぱりぼくたちはいないほうがいいんだね。だったら――」
「灯!」
「――灼、」
「またここにいたんだね、なにをしてたの?」
「……なんでもないよ」
「もう、またちゃんとこたえてくれない」
「だって灼がしらなくていいことだもの」
――そう、そうだった。
灯はいつも一人で同じ場所に行って、何をしていたのか一度も教えてくれなくて――
「ねぇ灯、きょうはなんのひかしってる?」
「おまつりのひ、でしょ?灼はずっとたのしみにしてたもんね」
「灯はたのしみじゃないの?」
「ううん、たのしみだよ」
あの日、僕は生まれて初めて行くお祭りが楽しみで仕方がなかった。
灯も楽しみとは言っていたけど、きっとこの時にはもう知っていたんだ。
僕たちが楽しみにしていたお祭りが、どういうものなのかを――
「おまつり、いつになったらはじまるんだろうね」
「きっともうすぐだよ」
「ほんとかなぁ……」
番鏡山に連れてこられ、小さな山小屋の中でお祭りが始まるのを待っていた時だった。
「ねぇ」
「うわっ!?」
あの子が――古めかしい着物を纏った女の子が僕たちの前に現れたのは。
「え、えっと……だれ……?」
「――きて」
「わっ、ちょ、ちょっと!?」
彼女は僕の手を取り、山小屋の外へと連れ出す。
――その手に熱が伴っていなかったのは彼女が幽霊だったから、と言う発想に至れたのは随分後になってからだ。
「ね、ねぇ!どこへいくの!?」
「山を下りるの、今ならまだ間に合う」
「まにあうって、なにに?」
「――ねぇ、灼をかってにつれていかないでよ」
「……灯?」
あの時の灯は物凄く怒っていた。
僕を連れ出した彼女に対しても、無抵抗に連れ出された僕に対しても。
「あなたも一緒に来て」
「いやだ」
「っ……早く逃げないと殺されるのよ!」
「こ、ころされる……?」
「そうよ、だから急いで――」
「やまをおりるひつようなんてないよ。だってぼくたちはきょう、ここでしななきゃいけないんだから」
「なっ――」
「えっ……?」
灯は笑っていた、喜んでいた。
僕と一緒に死ねることを。
「ほら灼、はやくもどろうよ」
「…………」
「灼?」
「……わからない。灯のいってること、ぜんぜんわからないよ」
どうして僕たちは今日、ここで死ななければならないのか。
どうしてそれを受け入れなければならないのか。
当時の幼い頭では何一つ理解することが出来なかった。
「なにもわからなくていいよ、灼はぼくといっしょにしんでくれればそれでいいんだ」
「っ――」
「ほら、はやくいこう?」
「…………だ……」
「灼?」
「いや、だよ…………ぼくは……ぼくは、しにたくない!」
――だから僕は逃げた。
番鏡山から、お祭りから、灯から。
だからあの日、僕だけが――
「こっちよ」
「ね、ねぇ!どうして、たすけてくれるの?」
「……同じだから」
「おなじ……?」
どうして彼女がそんな言葉を使ったのか、今なら何となく想像がつく。
彼女も、きっと――
「この道をまっすぐ進んで、そうすれば山を下りられる」
「あ、あれ……?」
「……どうしたの?」
「灯が……いない……」
いつもみたいに追いかけてきていると思っていたのに。
「……戻らなきゃ」
「ダメ」
「でも灯が……!」
「あなたはもう戻れない」
彼女の言葉に呼応するかのように山全体が炎に包まれる。
「ど、どうなってるの……?」
「死にたくないのなら、生きていたいのならわたしの言う通りにして」
「っ――」
逃げ出した僕には、彼女の指示に従う以外の選択肢は残されていなかった。
「はぁっ……はぁっ……」
燃え盛る木々の間を無我夢中で駆け抜けて。
「あつっ!」
飛んできた火の粉に顔を焼かれても足を止めずに。
「あと、すこし……?」
ただひたすら、走り続けて。
「あっ……」
山の麓へ辿り着くのとほぼ同時に足がもつれ、地面に倒れ伏す。
もう、これ以上は――
「おーい!こっちに子どもが倒れているぞー!」
「この子まさか、山の方から……?」
「とにかく救急車を――」
見知らぬ大人たちが騒ぐ中、僕の意識は急速に遠のいていった。
――次に目を覚ました時、最初に見たのは病院の白い天井。
湧き上がってきたのは自分がまだ生きていることへの安堵と、灯を置き去りにしてしまったた後悔。
僕は死にたくなかった。
だから逃げて、生き残った。
でもそのせいで灯は――
「――そうだよ。灼が逃げたから、一緒に死んでくれなかったから僕はこうなったんだ」
「灯……」
「ねぇ灼。今度は逃げずに、ちゃんと死んでくれる?」
「っ――」
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