三 子捨テ山

「……驚いたな、てっきり焼け落ちてるものとばかり思っていたのだが……」

目の前にある建物――かつては休憩所として使われていた施設は寂れてこそいるものの、焼け跡は一切見られない。

あの山火事は山の中腹あたりが火元だったから麓の方にあるこの休憩所には火の手が回ってこなかったのかな。

「まぁ無事だったのなら都合が良い。とりあえず中に――」

「……東雲さん?」

正面の出入り口であるガラス扉に映る表情が突然怖いものに変わったけど、一体何が――

「鏡児……ナゼ生キテイル……!」

「ひっ……!」

「西塚くん、こっちに!」

慌てて東雲さんの方に駆け寄り、後ろに隠れる。

まただ。

あのおじいさんと同じように、全身が焼け焦げた女性の怨霊が僕を――

「ナゼ間引カレテイナイイイイイイ」

「――喧しい」

ただ一言、そう冷たく言い放つと同時に東雲さんは手に持った何かを怨霊に向ける。

「ギ、アアアァァ……!」

すると怨霊は両手で顔を覆いながら悶絶し、蜃気楼のように消えていく。

「思った以上に面倒な場所のようだな……対処をしやすいのが幸いか……」

「し、東雲さん……?」

恐る恐る呼びかけると東雲さんは一瞬固まった後、すっと表情を和らげる。

「何でもないよ。それじゃ、中の探索を始めようか」

「は、はい……」

やっぱり東雲さんは怖い人なのかもしれない。


「――さて、どこから手をつけたものか……」

休憩所の一角に並ぶ本棚は意外に数が多く、詰め込まれている本の大半は博識な人でも読みにくそうな文献で占められている。

この中から目当ての情報が載っている本を見つけるのは大変そうだ。

「…………あ、」

ふと目について取り出した本の表紙には研究けんきゅう 鏡児かがみごしょうというタイトルが付けられている。

大学の図書館で同じタイトルの本を読んだ覚えがあるけど、内容も同じなのかな。


双子を忌む因習は各地に存在し、その内容は地域ごとに少しずつ異なっているが彼我見市――ひいてはその前身である彼我見国かがみのくにに伝わる双子を忌む因習には他の地域のものとは大きく異なる、独特な特徴が二つ存在する。


ひとつは双子――特に一卵性双生児を鏡児と呼ぶ点である。

この呼称は一卵性双生児の容姿が鏡に映したかのように瓜二つであることに由来するものである。

彼我見国には鏡を特別視する風習があり、「鏡」を含んだ呼称には良くも悪くも特別な意味が込められているとされている。


そしてもうひとつは間引きを行う際に鏡児の片方ではなく両方を排除する、という点である。

鏡児を両方間引く理由は「双子の片割れは人ならざるもののが人に化けたものであり、そちらを間引くことができなければ災いが齎される」という逸話を曲解し、「災いを避けるために双子を両方間引いてしまえば良い」という苛烈な思考が定着してしまったことが原因だろう。


かつて彼我見国で行われていた間引きは幼子を山に捨て、人里から排除する形式が主流だった。

鏡児の間引きもこの形式に則っていたが、山を降りて人里に戻ってきた事例が発覚してからはより確実に鏡児を間引くことができる形式に切り替えられている。

その形式とは鏡児を厄払いの神として祀り上げるための儀式と言う体裁を取った上で鏡児を殺めるもので、火葬に準えた形式が主流とされていた。

儀式と言う口実を得たことで鏡児の間引きは一層苛烈なものとなる。


「やっぱり同じだ……」

「西塚くん、その本は?」

突然声をかけられたことに驚くと同時に振り返ると東雲さんが不思議そうな顔をしながら首を傾げていた。

「え、えっと……見ます、か?」

読んでいた本を渡すと東雲さんは数度頁を捲った後、眉間に皺を寄せる。

「……ここにこの本があるのは偶然じゃなさそうだね」

「ど、どういう……ことです、か?」

「これを読んでもらうと分かるかな」

そう言って東雲さんが僕に渡したのは番鏡山ノ記録、というタイトルが付けられた本だった。


番鏡山は古来より子捨て山として利用されてきた。

この山に捨てられるのは鏡児と見なされた双子たちであり、その殆どが山の中で力尽きていった。

ごくわずかに山を降りて人里に戻ることができた鏡児は存在したが、二人揃って山を降りたという記録は残されていない。

人里に戻った鏡児は再び山に捨てられることを恐れてかその素性を隠すが運悪くその正体に気づかれてしまった場合、待っているのは悲惨な末路である。


「ここが、子捨て山……」

「今は間引きの因習が途絶えて久しい時代のはずだから、そういった目的でこの山が利用されていることは――」

「だから僕たちは、この山に……」

「……西塚くん?」

「えっ、あ、えっと、その……た、ただの独り言、です……」

無意識の内に声が出てしまっていた。

折角東雲さんが詮索しないでくれていたのに。

「そろそろここを出ようか。あまり長居をするべき場所ではなさそうだしね」

「……そう、ですね」

ここはあくまで寄り道。

本命は――


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