心というものが煌めく珠なれば
紺藤 香純
春の章
第一話 桜花舞う診療所
少女は震える手を開き、“
親指と人差指の間に現れた一寸ほどの大きさの珠は、薄紅色の淡い光を放つ。しかし、珠の底で
「
少女は椅子に浅く座り、震える口を開いた。
「親のすすめでお見合いをしました。相手のかたは、わたくしの心珠を気に入ってくれて、結婚を前提におつき合いしたいと言ってくれました。わたくしもそうしたいと思いました。でも」
この辺りでは名のある女学校に通っているという少女は、育ちの良さが伺える言葉遣いで、言葉を紡ぐ。
「お見合いの話を聞きつけた級友から、今まで言われなかったことを言われるようになりました。『抜け駆けは許しませんわ』とか、『あなたの幸せが皆を不幸にするのがわからないのかしら』とか、抽象的な言葉ばかりですが、耳を塞いでしまいたくなります。学校の先生にも相談しましたが。相手にしてもらえず、そのうち心珠も澱んでしまって」
“心珠”を出していない方の手を、海老茶袴の上で固く握りしめる。
「級友から心珠を見せるように迫られ、断れずに見せると、鼻で笑われました。『汚い心珠ね』と」
少女の話を聞きながら、
涙をこぼす少女に「もう充分ですよ」と声をかけると、少女は指を動かして“心珠”を消した。
「書きながら聞いていて、ごめんなさいね」
縫が謝ると、少女は首を横に振った。
「わたくしこそ、病気でもないのに受診に来てしまい、申し訳ありません」
「とんでもない。あなたみたいな人の相談に乗りたくて、この診療所を始めたの。思い切って来てくれて、本当にありがとう」
縫は診療録と鉛筆を机に置き、頭を下げた。
開いた窓から風が吹き込み、診察室に桜の花が舞い込む。
「先生、どうか頭をお上げになって……ではなくて、少しそのままになさって」
少女の手が、縫の頭に伸ばされる。
「はい、取れました。大丈夫です」
縫いは頭を上げる。桜の花びらを指先でつまみ、くすくすと笑う少女の顔が目に入った。
「桜の木があるのですね。ここに来たとき、全然気づきませんでした」
少女は窓の外を見やり、たおやかに揺れる桜の枝に目を細めた。
「美しい桜ですね。お花見したくなってしまいます」
飾り気のない素直な感想を聞いた縫もまた、無垢な少女に目を細めた。
「小山
名に“桜”を宿した少女は、名を呼ばれると、無垢な表情のまま縫を見る。
「もう一度、心珠を見せて頂けませんか?」
少女は頷き、“心珠”を出現させる。
少女自身が目を見張った。
“心珠”の澱みが少なくなっている。
「あなたは自然の変化に気づき、誰よりも優しく、強い人です。お相手のかたは、美紗桜さんのそのようなところに惹かれたのではないでしょうか?」
「でも、わたくしはそのような性分では」
少女は頬を薄紅色に染め、瞬時に“心珠”を消した。
「それに、可愛らしい」
「先生!」
少女は恥ずかしそうに手で顔を仰ぐ。
縫はつい、顔を綻ばせてしまった。
「美紗桜さん、この庭は、桜以外にも草花を育てているの。よかったら、またいらして。今度は、お茶会でもしましょうか。美紗桜さんのお話をもっと聞きたいの。そうですね……お相手のかたとのお話とか」
もう、と少女は頬を膨らませ、「心珠が澱んでしまったら、本末転倒ですのよ」と“心珠”を出現させる。
薄紅色の“心珠”は、桜の花を封じ込めたかのように、少女の手の中で淡い光を放つ。
澱みは限りなく薄くなり、透けそうなほど澄んでいた。
人はそれぞれの“心珠”をもって生まれる。
本人が念じれば手の中で出現させられる“心珠”は、欧化が進む今日でも未だに謎に包まれたままだ。
“心珠”には、ひとつとして同じものがない。それぞれがそれぞれの色と
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