宵猫祭③

 夏祭り最終日。日が暮れると、また器械が聴き飽きたメロディを終わりなく再生します。


 期待通り、彼女はまた神社の境内にやってきました。


「わっ、どうしたの?」


 僕は彼女の足を、頭でぐいと押し、歩みを進ませようとしました。


「え、こっち? あたしこっちに行けばいいの?」


 僕の意思が通じたのか、戸惑いながらも彼女は自分から、前へと向かってくれました。


 賽銭箱を背凭れに、腰を下ろす彼女。そう、そこに座って欲しかったのです。


『おーいノラ! 頼まれたもん調達してきたぞ!』


 五月蠅い雄猫も帰還し、漸く準備は整いました。


『ぶわぁ! アゴが疲れたぜ! 屋台の親父にしつこく付き纏ったらコイツで妥協してくれやがってよ』


 彼が銜えて運んできたのは、棒に刺さった甘い砂糖菓子。それを受け取り、彼女の足元に置きました。


 彼女は、驚いた顔で僕らを見ます。


「え……りんごあめ! にゃんこ、これをあたしにくれるの?」


 外で飴を食べるのも初めてでしょうか。


 些細ではあるけど、これが僕に出来た、ささやかなお祭り。


『オレに感謝しろよな! 確かにいい案だと思うが、飴を調達できたのはオレ様のお陰だぜ?』


『手癖が悪い知人も、こういうことになら役に立ってくれますね』


『ハッ、素直じゃねぇや』


「……あっ!」


 彼女の声に振り向くとほぼ同時に、闇空に光が現れました。


 それは、赤、青、黄、様々な色の光の彗星がつくり出す大輪の花。


 夜空に咲いた、無数の枝垂れ花火。


「きれい……」


 一人と、二匹。


 満天の幻想に、宵花火。


「あたし……今、とってもうれしい……幸せだぁ」


 潤んだ瞳の彼女が笑います。それは、心の底からの微笑み。煌めく空に照らされ、輝く笑顔。


 僕も幸せでした。


 ……その狂声を聴くまでは。


 彼女の笑みが凍りつき、現れた女の姿を見て、小刻みに震え出します。


「あっ……お、おかあさん……」




「何をやってるんだお前はぁっ!」


 平手が頬を打つ、大きく乾いた音が、境内に響き渡りました。


 女は、女性とも思えない粗暴な腕で怯える彼女を抱え上げ、僕らのことなど顧みずに去っていきました。



 聞こえてくる 彼女の泣き声が


  刺さる


 そして






『僕は、悪いことをしてしまったのでしょうか……』


『…さあな』


『僕は、善かれと思ってやった……でもその結果彼女に帰宅時間を忘れさせてしまった……それで彼女は……』


 母親に



『……でも、時間を忘れさせるくらい喜んでもらえたってことじゃねぇのか?』


 この小さな体に できたこと


 小さな前足に できたこと


 猫の心に できたこと


『……歯痒い生き物ですね、僕ら』



 最後の一輪が、夜空に溶けてなくなった。


『忘れません、僕』



  彼女の最後の言葉。


 残酷なまでの笑顔を一瞬、女の背中に縛られながら。




「ありがと、にゃんこ」





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