宵猫祭②

 彼女が去って、入れ違いに近寄ってくる影があります。僕と同じくこの神社で寝食していて、何かと僕に構ってくる雄猫です。


『ヨォ、ノラ』


『その呼び方は止めてください。君こそ野良でしょう』


 僕が言っても、


『堅ぇこと言うなよ。ところでさっきのガキはなんだ? …まさか、お前遂に人間と喋ったのか!』


『違います』


『……お前は前々から猫離れし過ぎてるからな。自分が猫だと自覚出来てねぇってのは完璧危険信号だぜ』


『違うって! ただ……何か力になれないかと、思っただけで……』


 僕は即座に後悔しました。こんな奴の前で言うべきことではありませんでした。


『……まぁ、人間のカテイのジジョーってやつじゃねぇのか? 放っておいてイイじゃねぇか』


『……忘れてください』


 僕はもうひと眠りしようと、奴を尻目にもかけずにさっさとこの場を離れました。逃げたわけではありません。突然眠くなったんです。




 翌晩……


 昨日と同じ時頃、同じ場所に、彼女はまた来ていました。


 僕が駆け寄ると、彼女は目を輝かせて僕を迎えてくれました。僕は彼女の足許に座り、また空に乗って流れてくる囃子の音を、二人で聴いていました。


 今日は二日目。夏祭りは明日まで。


「ここまで来たらもう、お祭りの広場まですぐなのに…やっぱり、この神社より先に踏み出せないの。見つかったらどうしよう。また怒られる……って、考えちゃって、臆病になる」


 屈託する彼女にかける言葉も見つからない僕は、ただ沈黙を続けていました。ふと、彼女が立ち上がります。


「今日はもう帰るね。最近お母さんの帰りが早いの」


 立ち去る彼女の背中を見つめて、僕は考えます。


 彼女が、夜中こっそり家を抜け出すのは、理由があってのこと。


“おかあさんが……”


 母親との間に、何か形容しにくい歪みがあるのでしょうか。


 彼女は母親を恐れている。


 …それなら何故、そこまでして毎晩のように、此所へ?



“あたし、お祭りに……”


「そうか……」


 僕は、ある決心をしました。




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