幻 ―まぼろし―
渉志
宵猫祭
宵猫祭①
月は朧 空は闇
僕らの街にも 夏がやってくる
囃子の音に 想いを馳せて
今晩も月の光は柔らかく地上に降り注ぎ、ほどよく冷えた神社の屋根瓦の上で僕はいつものように昼寝をしていました。
裏の広場から祭囃子の録音音声が聞こえてきます。今年も今日から三日間、宵の口から空が白むまで、人々が賑わいを見せるのでしょう。
僕は薄目を開けて身体を起こしました。もう寝ることは諦め、屋根から飛び降りると、誰かの視線を感じました。そこには女の子が一人、僕をじっと見つめていました。
彼女は、賽銭箱のへりに座って、足をばたつかせています。
「にゃんこーおいでー!」
彼女はしきりに手を叩いて僕を呼びます。僕が彼女の足下まで歩み寄ると、彼女は僕の額を指で優しく撫でてくれました。
「よしよし、きみは野良? ふわふわできれいな毛だねー」
親譲りのこの毛並みは僕の自慢のひとつだったので、褒められたことが嬉しくて、僕はすっかり気を許してしまいました。
「ニャァ」『君の名前は?』
「よしよし」
鳴いたところで通じるわけがありません。
暫くして、彼女が話しだします。
「あたし、お祭りに行ったことないんだぁ」
彼女の、僕を撫でる手が止まりました。
「おかあさんがね……あたしを外に出したくないないんだって。あたしが家を出ると、すごく怒って、あたしを叩くの。遊びにも行けない。学校だって、もう何日も……」
彼女が賽銭箱に凭れて座ります。見ると、彼女はサーモンピンクのパジャマにカーディガンを羽織った姿でした。
「だから、たまーにね、こうやって、おかあさんが仕事で遅い時に、こっそり家を抜け出すの」
そう言って、彼女は柔らかく笑いました。しかし僕には、彼女の笑顔が、必死に悲しみを堪えているように思えて仕方ありませんでした。
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