1-13

「おーい! 席につけ! ホームルームをはじめるぞー」


 これもいつも聞き慣れた担任の声である。

 助かった。この馬鹿げた状況を挽回するために担任に声をかけようとしたが、逆に担任から声をかけられた。


「マサト、何やってんだ? また問題起こしてんのか? 相手はだれだ? どこのクラスの生徒かね、クラスと名前を言いなさい。」


 このクラスぐるみの悪ふざけに終止符を打ってもらうどころか担任までグルであるかのような受け答えである。

 タカシの頭はさらに混乱し、掴んでいたマサトの胸ぐらを力なく離した。

 マサトはしわくちゃになった襟を心底怪訝そうにタカシを睨みながら直している。


「先生……俺のことわからないんですか?」

「すまんな、まだ学校が始まって1ヶ月だから担当のクラスの生徒の名前を覚えるだけで精一杯なんだよ。」

「そんな……」

「お、おい、そんなに落ち込まれると私まで落ち込んでしまうな。なるべく早く他のクラスの生徒の名前も覚えるから勘弁してくれよ。」


 その言葉にクラス内が一斉に笑いに包まれる。

 だが、タカシは全く笑う気にはなれない。

 なぜここにいる皆が自分のことを綺麗さっぱり忘れているのかが理解できない。


「先生! 俺です、近藤タカシです! 思い出してください!」


 必至に弁明するタカシの姿を見て、いままで冗談のように話していた担任が急に厳しい目を向けてくる。


「おい、いい加減にしなさい。おふざけが過ぎるな。職員室まで来なさい。皆は一限目の準備を進めておくように。」


 担任はタカシの前まで急ぎ歩いてくるとタカシの手を取り教室の外に歩き出した。


「先生! ちょっと待ってくれよ! 俺の話を……」

「話は職員室でゆっくり聞くからとりあえず付いて来なさい。」


 そうしてタカシは「話せばわかってもらえる」と信じ、職員室まで担任に手を引かれて歩くのであった。


ーーー


「いったい君は誰なんだ?」


 職員室まで来てはみたが、結局、タカシのことを知っている者、または書類上の記録も何も残っていなかった。


「うちの学校の学生服を着ているようだが誰からもらったんだね。場合によっては大事になりかねんよ。」

「あ、そうだ、学生手帳だ! その中に学生証が入ってるのでそれで証明できるはずです。」


 タカシはそう言うと、胸ポケットから学生手帳を取り出し、学生証を確認するため開いてみたが。


「ない……」


 学生証だけがすっぽりと抜け落ちてしまっていた。


「どうやら君は部外者のようだね、ちょっと警察に連絡するからそこで大人しく待ってなさい」

「ちょっと待ってください! 昨日たしかに俺はここに来てあなたの授業を受けていたんです! 信じてください!」

「ちょっと君! 離しなさい! このままだと本当に少年院行きになってしまうぞ!」


 タカシは必死に担任にしがみつくがどうしても信用してもらえず、怒りを通り越してどうしようもない寂しさを感じていた。

 今まで自分を支えて来た皆が一斉にいなくなったような喪失感。

 他人の支えによって立っていた自分が、その支えを失い崩れ落ちていく。

 まさに、あの時のように。

 膝から崩れ落ち、落ち葉の潰れる生々しい音と感触を味わった時のように。


「あ、の、と、き?」


 タカシは、自分の記憶にない事を思い出していた。


『落ち葉? 膝から崩れ落ちた?』


 だが、タカシの記憶にはそんな出来事は存在しなかった。しかし、確かにタカシはその音と感触を知っていた。

 それは、なぜか懐かしくも悲しい。

 わけがわからず目から涙が溢れ出して来た。


「どうしたんだ君! 急に静かになったと思ったら泣き出して。そんなに警察を…」


 担任が言いかけた次の瞬間世界が揺れた。

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