七 地下通路

人は自分と違うものを恐れる。

人は自分と違うものを拒む。

だから──は皆から恐れられ、拒まれる。

それは悲しくて寂しいことだけど我慢は出来る。

──には我慢することしか出来ない。


「開かない……鍵はかかってないはずなのに……」

寄り道を終えて辿り着いた勝手口の扉は一見何の変哲も無い、ごく普通の扉のはずなのに押しても引いても微動だにしない。

「そういえば玄関もこんな状態だったな……」

「ここ以外に外へ出られそうな場所に心当たりは無いの?」

「後はもう窓を破るぐらいしか……」

「それは危ないから止めようね?」

冗談半分に言ってみたらやんわりと、それでいて真剣な面持ちで却下された。

「うーん……あ、そういえばこのお屋敷のどこかに秘密の地下通路があるって昔十奈から――」

「地下……?」

「もしかしたらそれが外に……って明井さん?」

「っ……」

険しい表情が一瞬の内に穏やかなものへと切り替わる。

「何でもない、よ。地下通路、探しに行くんだよね?」

「そのつもり、ですけど……」

「見つかると良いね、地下通路」

「…………」

どう見ても様子がおかしい。

あからさまに喋り方がぎこちなくなっているし笑い方も不自然だ。

さっきまでそんなこと無かったのにどうしていきなり――

「暮澤くん」

「は、はい!?」

「……えっと、まだ行ってないところってどこかな?」

「まだ行ってないところ……倉庫、とかですかね」

いかにも地下通路が隠されていそうな場所だけど、そう都合良く見つかるだろうか。


「うわ、これは酷いな……」

倉庫の扉は重くて頑丈で、簡単に壊せるようなものじゃないはずだ。

それなのにどうしてこの扉には内側から――倉庫の中から叩き壊したような跡がついているのだろうか。

「中も酷いことになっているね、まるで誰かが暴れた後みたいだ」

破壊された扉の隙間を潜って中に入ってみると整然と並べられていただろう棚は大半が壊され、床には様々な物が散乱している。

「どうしてここだけ……」

「暮澤くん、ちょっとこっちに来てくれないかな」

「何かあっ……これって……」

床に空いた大きな穴の中から階段が覗いている。

周囲に散らばってる残骸は階段を隠していた扉、だったものだろうか。

「本当にあったんだ……秘密の地下通路……」

「降りてみる?」

「ちょっと待ってください、えーと……」

散乱物を軽く漁って目当てのもの――懐中電灯を拾い上げ、スイッチを入れる。

明るさを見るに電池も電球も問題なさそうだ。

「よし、じゃあ行きましょうか」

一時はどうなることかと思ったけど、無事に外へ出られそうで安心した。


「うっわぁ、案の定真っ暗だ」

階段を降りた先に伸びる細い通路の壁や天井に照明器具は無く、懐中電灯で照らさなければ三歩先の様子すら窺い知れない。

「まさかいきなり道が途切れたりとかしないよな……」

「暮澤くんって案外心配性なんだね」

「何か急に怖くなってきまして……」

雑談をしながら細い通路を暫く歩いていると、唐突に開けた空間が現れる。

「っ……何だよ、これ……」

まず牢屋がある時点で普通じゃない。

その上で鉄格子がひしゃげていること、周囲の壁や床に赤い染みがいくつもついていることの二点がこの空間の異常さを際立たせている。

「どうしてこんな……ん?」

牢屋の手前で何か小さなものが光を反射している。

近づいて拾ってみたものに既視感を覚え、ポケットから取り出したものと並べてみる。

「やっぱり同じものだ」

このお屋敷に来るきっかけである音の鳴らない鈴。

今拾った方についている解れた紐を見るに俺が昔倉庫で見つけた方はこの紐から外れて落ちたものだったのだろう。

「……こっちも鳴らないか」

「鳴ってるよ」

「えっ?」

「その鈴の音は生きているものには聞こえないんだよ」

「じゃあ明井さんには聞こえているんですか?」

「ずっと聞こえていたよ。……嫌気が差すくらいにね」

温和な明井さんがここまで露骨に嫌な顔をするということはこの鈴の音は幽霊にとって相当不快なものなのだろう。

「そういえばこの鈴、昔話に出てきた鈴と同じなんですかね」

「だとしたらどうするの?」

「いや、ただそう思っただけなんですけど……」

「ふぅん、鬼退治でもするのかと思ったんだけどな」

「お、鬼退治?」

何でまた、そんなことを唐突に――

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