六 鏡鬼
赤い目は災いの象徴。
そう言い始めたのはどこの誰だったか。
――は災いを呼んだりなんかしていない。
災いが起きるのは――のせいじゃない。
どうして誰も――の言葉を信じてくれないの。
「やっぱりあの頃のままだ」
楓の装飾が施された扉を開けた先に広がっていたのは小さい男の子が使っていた雰囲気の漂う部屋。
とても、懐かしい場所だ。
「この部屋は……」
「一応俺の部屋、になるんですかね。このお屋敷に泊まる時はいつもこの部屋を使ってたんで」
軽く埃を払ってベッドに腰掛けるとスプリングの軋む音が小さく響く。
「……最後に来たのはもう十年近く前の話になりますけどね」
「えっ、十年前?さっきの新聞記事が八年前のものだから、ええと……暮澤くん、今何歳?」
「今年で十九ですけど……明井さん、さっきから何か変ですよ?」
さっきと言い今と言い、どうも時差ボケめいた発言が多い。
幽霊になると時間の感覚にズレが生じるものなのだろうか。
「もしかして俺のことからかってます?」
「そんなつもりは……っ――、」
「明井さん?」
「……ねぇ暮澤くん、何か聞こえない?」
「何かって、何ですか?」
「誰かが泣いてる声、だと思うんだけど……」
耳を澄ませてみると確かにすすり泣くような声が聞こえる。
それも割りと近くから。
「この中からか……?」
どうやら声の主はベッドのすぐ傍にあるクローゼットの中に潜んでいるらしい。
こんなところに隠れられるのは――
「…………」
深呼吸をした後、覚悟を決めてクローゼットの扉を開く。
予想通り中には声の主はクローゼットの中にいた。
「ひっ!」
蹲って泣いていた声の主――十奈の幽霊はこちらを見て怯えると同時に消えてしまった。
「十奈……やっぱり病気で……」
「っ、あの本、は……」
「本?」
クローゼットの奥をよく見ると一冊の本が無造作に落ちている。
手を伸ばして拾ってみたその本の表紙には
「鏡鬼……」
最初に遭遇した使用人さんの幽霊が言っていたことや書庫で読んだ忌み児の話と無関係、ということはないだろう。
もしかすると全ての答えがこの本の中にあるかもしれない。
その昔、隠鏡の村に一人の娘がいた。
娘は血のように赤い目とこれから起こる災いを言い当てる力を生まれ持った不思議な子どもだった。
村人たちは娘があまりにも正確に災いを言い当てることから娘が災いを招いているのではないかと疑うようになった。
そしてある日、村人たちは天災に乗じて娘とその家族を皆殺しにした。
父親と母親はすぐに息絶えたが、件の娘だけは死の間際にこう叫んだ。
「みんな鬼に食われてしまえ」
村人たちは娘の言葉に恐怖したが、災いの元凶である娘が死んだのだからこれでもう新たな災いが起こることは無いだろうという喜びがその恐怖を打ち消した。
しかし娘の放った言葉は時をおかずに現実となる。
村人たちが娘とその家族を殺した次の夜、怪物が村に現れた。
その怪物は禍々しさを孕んだ赤い目を光らせながら村人たちを次々に食い殺した。
「鬼だ、あの娘が言ったとおり鬼が現れたんだ」
悲鳴を上げながら村人たちは逃げ回ったが、全ての村人が鬼に食い殺されるまでに夜が明けることはなかった。
村人を食い殺し終えた鬼は隠鏡に留まり、彼の地は
鬼の存在は彼我見国の外にも知れ渡るようになり、やがて人々の間で彼我見国の鬼――鏡鬼と呼ばれるようになった。
鏡鬼が村を滅ぼしてから十年が過ぎた頃、一人の霊能者が隠鏡にやってきた。
霊能者は魔を祓う鈴をはじめとする様々な呪具を駆使して見事鏡鬼を退治してみせた。
「これで終わりだと思うな。お前とその子孫には命を奪う呪いを、この地には私を継ぐものが生まれる呪いを」
死の間際に鏡鬼が残した言葉を霊能者は重く受け止め、災厄の再来を防ぐため隠鏡に留まることを選択した。
霊能者によって鏡鬼が退治された噂は瞬く間に広まり、隠鏡に移り住む人は日を追うごとに増えていった。
霊能者は隠鏡を治める地位に就き、鏡鬼を継ぐものが生まれた際は妄りに危害を加えないよう村人たちに注意を促した。
やがてその注意は忌み児の因習として根付き、赤い目を持って生まれてきた子どもは鏡鬼の落胤という意味を込めて鬼の児と呼ばれるようになった。
「赤い目……」
そういえば、と明井さんの方に向き直ると虚を突かれたような顔をされる。
「どうしたの暮澤くん?急にこっちを見たりして」
「いや明井さんの目って赤いなーって思いまして」
「……うん、お陰で生きてる間は色々と大変だったよ」
「鬼の児扱いされて、ですか?」
そう訊ねると明井さんは頷き、表情を曇らせる。
きっと生前の嫌なことを思い出したのだろう。
「……酷い話ですね」
「人は自分と違うものを恐れ、拒絶するものだよ。そして拒絶される側はそれを受け入れるしかない」
そういうものなんだよ、と明井さんは悲しそうに笑う。
「……俺は納得できませんよ、そんな理不尽」
鏡鬼と同じ赤い目を持って生まれてきたから鬼の児と見なし、蔑む。
それはあまりにも残酷な仕打ちだ。
明井さんが、赤い目を持って生まれてきた子全員が鏡鬼を継ぐものであるとは言い切れないはずなのに。
「暮澤くんは優しいね。皆が皆、君のように優しい人だったら……」
「……明井、さん?」
「ただの独り言だよ、気にしないで。……そろそろ食堂に向かおうか。捜し物は、もう良いでしょう?」
「っ……」
確かにこれ以上十奈を追いかけても仕方が無い。
明井さんの言う通り食堂に行って、その奥の台所にある勝手口から外に出よう。
それでこの件は終わりを迎える、のだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます