五 九十九
疎まれるのは仕方が無い。
嫌われるのは仕方が無い。
鬼の児はそういう扱いを受けるものだから。
それでも生きることは許されている。
――そう、思っていたのに。
「暮澤くん、ここは誰の部屋なの?」
「九十九おじさん……このお屋敷の主人、って言えば良いんですかね。俺にとっては親戚のおじさんとしか言いようがないですけど」
「……そう」
また明井さんの表情が曇る。
もしかして九十九おじさんと折り合いが悪かったのだろうか。
――そもそも明井さんは何者なんだろう。
てっきりこのお屋敷で働いていた使用人さんの一人かと思っていたけど、どうも違うような気がする。
何がどう違うのかはまだ分からないけど――
「……暮澤くん?」
「へっ?」
「どうかしたの?急にぼんやりして」
「い、いや、何でもないです。さー情報収集情報収集っと」
このお屋敷で何が起きたのかを調べていく内に明井さんのことも分かれば良いのだけど、多分そううまくはいかないだろう。
そんなことを思いながら埃まみれの机に置かれた一冊の本――絵巻物に出てきそうな恐ろしい鬼が表紙に描かれた日記を手に取る。
「……九十九おじさんなら何か知っているよな」
重要な情報が直接書き記されていることはさすがにないと思うけど、ヒントになりそうなことくらいはきっと――
夏の間、数久を預かることになった。
あの子が暮澤の家に引き取られてから、義兄さんと義姉さんが亡くなったあの落盤事故が起きてからもうすぐ八年になる。
あの事故さえなければあの子はこの屋敷で義兄さんや義姉さんとともに幸せな日々を送っていただろうに。
そう思うと胸が痛くて仕方がない。
今日も十奈と数久は共に楽しく遊んでいたと使用人から報告があった。
やはり数久が来たことで十奈は活力を取り戻している。
このまま鬼の呪いを退けるほど元気になってくれればいいのだが、そうもいかないだろう。
つい先ほど迎えが来て数久が暮澤の家に帰っていった。
次に会う機会は彼岸の頃になるだろうか。
また、話す機会を逸してしまった。
いつかはあの子に本当のことを話さなければならないとわかってはいる。
けれどその覚悟がいつまで経っても決まらない。
十奈の病状が悪化の一途を辿っている。
このままだと十奈は次の誕生日を迎える前に死んでしまうだろう。
何か、何か手を打たなければ。
使用人たちが地下から古い資料を見つけてきた。
この資料に記された方法なら十奈の身体を蝕む呪いをきっと――
名も顔も知らない他人に犠牲を強いるのは気は引けるが、今はこの方法に縋るしかない。
十奈を生かすためならば私はどんな外法にも手を染める覚悟だ。
「……どういうことだよ、これ」
この内容はあまりにも予想外すぎた。
まさかこんなことが書いてあるなんて思いもしなかった。
「九十九おじさんは何をどこまで知って――」
「ねぇ暮澤くん。その日記、何か挟まってるよ」
「……本当だ。何だろう、これ」
頁の間に挟まっていたものを引き抜いてみると、その正体は酷く色褪せた新聞記事だった。
「……この新聞記事、十八年も前のやつだ」
「十八年前?……この日付だと八年前、じゃないの?」
「いや十八年前ですって。インクが大分薄くなってて読み辛いですけど」
それにしても何故九十九おじさんはこんな古いものを日記に挟んだりなんかしていたのだろう。
余程大事なことがこの新聞記事に書いてあるのだろうか。
奇跡の救出劇 隠鏡落盤事故
六月某日、彼我見市隠鏡で
落盤事故の発生から約十五時間後の出来事である。
数久くんは奇跡的に無傷だったが、共に発見された両親と思しき男女は搬送先の病院で死亡が確認された。
発見当時の状態から男女は数久くんを庇った可能性が高いと彼我見署は発表している。
「落盤事故……あ、もしかしてあの時の……」
「明井さん、心当たりがあるんですか?」
「近所の人たちが話していたのを又聞きした程度だけどね。それはそうと暮澤くん、この鬼代数久って名前なんだけど……」
そう、日付なんかよりもそっちの方がずっと気にかかる。
鬼代数久、これはきっと俺の名前だ。
でもそれならどうして暮澤ではなく鬼代なのだろう。
「――もしかして、九十九おじさんが俺に話すのを躊躇っていたことって……」
「…………イ……」
「え?」
今、足下から聞き覚えのある声がしたような――
「っ……!」
「ニゲナ、サイ……ハヤ、ク……」
間違いない、この声の主は――足下に倒れているこの幽霊は九十九おじさんだ。
全身傷だらけかつ血塗れなことを除けば、昔見た姿と大差ない。
「ドウ、シテ……コンナ、コト、ニ……トウ、ナ……」
悔恨に満ちた声を漏らしながら九十九おじさんの幽霊は消えていった。
「…………」
このお屋敷で良くないことが起きているのではなく、既に起きた後だということは探索をする内に嫌と言うほど理解できた。
十奈を見つけられたとしても、それが幽霊であることは確定しているも同然だ。
でも――
「……暮澤くん、顔色が悪いよ。少し休んだ方が良いんじゃ……」
「それならちょうど良いところがあるんで、そっちに行きましょう」
「ちょうど良いところ?」
「ここのすぐ隣ですよ」
もし昔のままだとしたら、この部屋の隣にあるのは――
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