四 十奈

いつかはこの時が来ると思っていた。

こういう運命を辿る気がしていた。

だからこの仕打ちを受け入れられるかと言えば、そんなことはない。

嫌だ、嫌だ、嫌だ。

――はこんな形で死ぬのは嫌だ。


「――さて、と。そろそろ出口探しを再開しないとな」

調べたかったことは大雑把にしか分からなかったけど、今度改めてじっくり調べれば良い。

今はとにもかくにも出口を見つけなくては。

「えーと、玄関以外で外に出られそうなところというと……勝手口、とかかな?」

「勝手口……確かこのお屋敷には大きい食堂があって、その奥に台所があったはずだから食堂に行けば――」

と言いかけたところで目の前を人影らしきものが横切っていく。

「っ、あれは……」

ほんの一瞬だったから確証は無いけど、あの姿は――

「待って!」

考えるよりも先に身体が動く、という現象は実際に起こり得るものだとこの時痛感した。

「…………いない?おかしいな、確かこっちに……」

「どうしたの暮澤くん、急に走り出したりして」

明井さんに声をかけられてようやく我に返り、人影を追いかけてる間に階段を登って二階に移動していたことに気づく。

「十奈が……知り合いがいたんです。もしかしたらここで何があったのか聞けるかもって……」

「ねぇ暮澤くん、その子っていつの知り合い?」

「いつって小さい頃の……あれ?」

明井さんの問いかけでさっきまでは考えもしなかった疑問が浮かび上がってくる。

さっきの人影が十奈だったとしたら、何故その姿が小さい頃のままだったのだろうか。

「……もしかして十奈、俺が帰った後すぐに病気で……」

「その子を探すのは構わないけど、あまり良い成果を得られないと思うよ」

「――――、」

忠告めいた明井さんの言葉に対してどう答えれば良かったのだろう。

少なくともこの時の俺は答えとなり得る言葉が頭に何も浮かばず、ただ頷くことしか出来なかった。

「それで、どこから探すの?」

「とりあえず十奈の部屋……私室に行ってみようと思います」

自分の部屋にいてくれればそれで良し、いなくても手がかりぐらいは見つかるだろう。

「確か十奈の部屋は銀杏の装飾が入った扉の……あ、あった」

階段近くにある扉の一つ――銀杏の装飾が施された扉を開いてみると、そこには小さな女の子が使っている雰囲気全開の空間が広がっていた。

「……おかしい」

どうして長年放置された痕跡以外はそのままなんだ。

十奈が成長――俺と同じくらいの年になっているならそれ相応に調度品が変化しているはずなのに、どうして前に見た時と部屋の雰囲気が変わっていないんだ。

これじゃあまるで、部屋の持ち主どころかこのお屋敷の人間全員が突然いなくなったみたいだ。

「なぁミミカ、十奈に何があったか知らないか?」

冗談混じりに呟きながらベッドの片隅に置かれた兎のぬいぐるみを小突くとぬいぐるみはバランスを崩して倒れ、その下に隠されていたものが姿を現す。

「これは……」

サイズやデザインを見るに子ども向けの日記帳だろう。

ぬいぐるみの下に隠してあったからか、この部屋にあるものの中では比較的綺麗な状態を保っている。

「……ごめん十奈、少しだけ読むよ」

女の子の日記を勝手に見るなんて最低な行為だとは分かっているけど、今はこれしか手がかりがない。

もし十奈に会えたらまずこのことを謝らなければ。


今日からしばらくの間、数久がうちにいることになった。

数久とはおじいちゃんたちのおはかまいりの時ぐらいにしか会わないからしばらくの間いっしょにいられるのはすごくうれしい。

数久がかえるまでたくさんいっしょにあそばなきゃ。


今日はからだがだるくてベッドから出られなかった。

数久がうちに来たから元気になれるかもってお父さまが言ってたのにだめだったみたい。

おにさんのいじわる。


かくれんぼをしていたら数久がそうこで変なものを見つけた。

いくらふっても音がならない鈴。

使用人さんたちに聞いてまわったけどだれも鈴のことを知らなかった。

お父さまなら何か知ってるのかな。

今はいそがしそうにしてて聞きに行くことができないけど。


数久が自分のおうちにかえっちゃった。

いつもより長くいっしょにいたからかすごくさみしい。

でも数久もお父さんやお母さんに会いたいだろうからわたしががまんしなくちゃ。


いたい、くるしい。

べっどからおきられない。

ねぇおにさん、どうしていじわるするの。

わたしまだしにたくないよ。

おかあさまにあえるかもしれないけどおとうさまとはなれたくない。

だからいじわるしないで。


「また鬼、か……」

そういえばここに預けられていた頃に九十九おじさんから鬼代家は鬼に呪われた一族であり、十奈が病弱なのはそのせいだという話を聞かされた覚えがある。

何故鬼に呪われたのかは教えてもらえなかったけど、大方子どもには理解出来ない内容だから無理に教えることもないとかそんな感じの理由だろう。

「鬼の呪いなんて本当にあるのかな……」

「――暮澤くん」

「あ、はい。何ですか?」

「そろそろ別の部屋に行かないかい?ここには君の探し求めるものは無さそうだ」

「……そう、ですね」

日記帳を元の場所に戻し、先に退室した明井さんを追いかける形で部屋を出る。

「どうしたんだろう明井さん、さっきちょっと怖い顔をしてたような気がするけど……」

もしかして俺がデリカシーのないことをしていたから怒っているのだろうか。

いや、それなら日記を読もうとした時点で咎めてきても良いはずなのに明井さんはそうしなかった。

ならどうして――

「…………」

変に勘ぐるのはよそう。

何か思うところがあるなら向こうから言ってくるはずだ。

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