三 明井

こうするしか無いのだと誰かが言った。

災いを祓うためには仕方のないことだとまた別の誰かが言った。

――それが、そんなものが、殺して良い理由になるはずがない。

許さない、許せない。

恨んでやる、憎んでやる、呪ってやる。

まともに死ねると思うな。


「……うん、誰もいないよな。やっぱり」

恐る恐る開いた扉の先に広がる空間には年季の入った木製の本棚が並んでいるだけで、人の気配は感じられない。

また突然幽霊が現れるかもしれないけど襲ってこない限りは大丈夫、だと思う。

「えーと鬼に関する本はっと……」

本棚に収められた本は五十音順に整然と並んでいるので目的の本を見つけるのは簡単そうだ。

――降り積もった埃から放置された時間の長さが読み取れそうなことについては、後で考えよう。

「あれ、この本……」

ふと目について本棚から取り出した本には研究けんきゅう おにしょうというタイトルが付けられている。

「前に読んだ本とは少しタイトルが違うな……」

もしかすると記憶違いを起こしているだけかもしれない。

再確認がてら軽く読んでみるとしよう。


赤い目の子は鬼の児忌み児

災い招く不吉な子

鬼の児恨めば呪いが生まれ

災い再び訪れる


前述の一文は鬼の児に纏わる忌み児唄の歌詞である。

彼我見市の前身にあたる彼我見国では赤い目を持って生まれた子どもを鬼の児とみなし、腫れ物のように扱っていた。

その理由は現在の彼我見市東部にある地域・隠鏡で赤い目を持つ子どもが鬼に化け、村を滅ぼしたという逸話に由来する。

そういった経緯があったためか陰鏡には忌み児唄を通じて鬼の児の恐ろしさを伝える風習が今も存在している。


「……やっぱり内容も違うな、確かあの時読んだのは双子の――」

「ネェ」

「っ!?」

突然背後から聞こえた声に驚いて振り返ると、そこにいたのは――

「何をしているの?」

「…………えーと」

反応に困って悩むこと数秒。

「どちらさまですか?」

とりあえず口をついて出た言葉はそれだった。

「…………」

「あ、あれ?もしもーし?」

今目の前にいる相手――ぱっと見た感じ俺と同い年っぽい男性の幽霊は酷く困惑した表情を浮かべながらこちらを見据えている。

「……君、僕を見て驚かないの?」

「驚くって何に……あ、もしかして背後にいきなり立っていたことにですか?」

確かにそれは普通なら驚くべき場面なのかもしれない。

「さっきもっと凄いのを見たからかあんまり驚かなかった、ってとこですかね」

「あ、そうなんだ……」

「っていうか俺を驚かせるつもりで声をかけたんですか?」

「いやそんなつもりはなかったんだけど、ええと……」

やけに困った様子なのは俺の反応が想定外だったせいだろうか。

どういう反応を想定していたのか気になるところだ。

「改めて聞くけど、こんなところで何をしているの?」

「ちょっと調べものを……ってそれはついでだついで」

当初の目的はこのお屋敷に住んでいる親戚に会うことだったけど、それは多分果たせそうにない。

となるとこの幽霊を納得させられそうな尤もらしい理由は――

「実は玄関の扉がいきなり開かなくなって、他の出口を探していたところなんです」

「……ふぅん、そうなんだ」

「そういうあなたこそ何をしてるんですか?」

「えっ、ええっと……あ、そうだ!他の出口を探してるんだよね、良かったら僕も手伝うよ。ここはその……一人で歩き回るには危険な場所だからね」

咄嗟に思いついた感が否めない提案だけど悪い話じゃなさそうだ。

正直なことを言えば少し心細いと思っていたところだし、断る理由は特に無い。

「じゃあお言葉に甘えさせてもらおうと思います」

「そう言ってもらえて嬉しいよ」

「あ、そういえばまだ名乗ってもいませんでしたよね。俺は暮澤数久くれさわかずひさって言います」

「僕は明井真仁あけいまさひと、よろしくね暮澤くん」

同伴者となった幽霊――明井さんは穏やかな笑みを浮かべる。


――この時の俺には気づけるはずもなかった。

細められた目から覗く赤い色が真相に近づく鍵だったなんて。

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