第13話捕虜たちを軍勢に


 ガルマー城で内政に専念してニヶ月近くが経とうとしていた。



 屯田は見事に敷かれ、獅子族の兵士兼農民がその面倒を見ている。近くを流れる川の水も田んぼに引き込む事に成功していた。


 季節は春。収穫の時が楽しみである。あれからも懲りずに魔王軍は何度か襲撃を掛けて来たが、そのことごとくを俺たち獅子の軍勢は追い返し、ガルマー城を奪還させなかった。



 すっかり自らの居城となったガルマー城で俺やラーバルオは内政の指示を飛ばす。人間との、コルニグス王国との交易も開始していた。獅子たちの大好物である肉を輸入し、魔王軍の居城から得た金銀財宝を引き換えに渡す。



 これには配下の獅子たちも大いに喜んでくれた。獅子たちの多くがそうであるように俺もまた肉が大好きである。生肉を食べる獅子たちも大勢いたが、元・人間の俺としては体が生の肉を食べても大丈夫な事は分かっていても生肉を食べるのには抵抗があるので焼いて食べていた。



 それ以外にも様々な交易を行い、ガルマー城の設備を向上させる。時には人間の力も借りる事もあり、持ちつ持たれつの関係で俺たちと人間たちは歩んでいた。



 人間たちにしてみれば俺たちはコーレイグルの町を滅ぼし、コーラシュマー城を奪った憎き敵なのだが、俺たちが魔王軍と正面切って戦う事で人間たちの身には魔王軍は手出し出来ないでいるので、今は味方と言っていいかもしれない。



 微妙な所だった。コーラシュマー城に少数の兵を残し、ここガルマー城には約1450の兵がいる。その中でも最精鋭たる黄金獅子王族は250、時点の白銀獅子王族が500。残りの一般の獅子たちも戦力として数えていいだろうが、重要な戦力はこの750と見て間違いはない。



 この兵数でどう切り盛りしていくか。難しい所である。獅子たちはいずれも一騎当千の強さを秘めた猛者揃いであるが、いかんせん寡兵だ。



 今の領地は狭いから寡兵でも維持出来ているが、これ以上、領地を広げるとなると、兵の数が足りなくなる恐れがある。



 人間たち、コルニグス王国の事は今では一応、信用しているものの、万が一の事があり、コーラシュマー城に攻撃を仕掛けられては引き返して迎撃しなければならない。



 それも考えると頭の痛い話であった。配下の獅子たちは勇猛果敢ではあるのだが、逸りこの先のケルビム城への侵攻を、と声高に口にする。



 今はまだその時ではない。少なくともガルマー城の屯田が完全に安定するまでと兵力の不足をなんとか補うまではこれ以上の侵攻をする気は俺にはなかった。



 とはいえ、俺もこれより先に軍を進めたいという思いがない訳ではない。俺はラーバルオに相談していた。


「ラーバルオ、配下の獅子たちの言葉ではないが、俺もここから先に侵攻したい。何か手はないだろうか?」

「そうですね。女王様が懸念にしているのは兵士の不足ですか」


 その通りだ。流石はラーバルオ。見事な推察だ。


「ああ。今、このガルマー城にいる兵は1450。これを二つに割って、ケルビム城に侵攻を掛けるというのは危険な気がする」

「そうですね。ケルビム城を攻め落とす事が出来てもその後の維持までは出来る保証は有りません」

「ならばどうするか……」


 悩む俺に対し、ラーバルオは言った。


「捕虜の魔物たちを戦力として使いましょう」

「なんだと?」

「これまでの戦いで捕虜になったゴブリンやコボルトなどの亜人がこの城には大勢囚われております。その者たちを帰順させ、前線に投入するのです」


 そうか。捕虜の下級の魔物たちを戦力として使うという話か。俺もかつてはその想定をした事があったではないか。


「しかし、亜人たちは魔王軍に寝返らないか心配だな」

「監視の部隊を付けつつ最前線で戦ってもらいましょう。捕虜の魔物たちは我々、獅子族と比べれば貧弱ですが、兵数の水増しにはなる。城を守る役目は信頼のおける獅子族に任せ、捕虜の魔物たちは最前線に投入するのです」

「なるほどな……それならばここから先にも進める、か」


 今、この城には300匹近い捕虜の魔物たちが囚われている。食い扶持を荒らすだけで何の役にも立たない、むしろマイナスの捕虜たちを戦力として用いる。



 それが成功すればこの先、進軍していくに当たって魔王軍の配下の魔物たちを次々にこちら側の戦力に加える事で戦力をどんどん増す事が出来る。俺はそこまで考え、ふと思い付いた事を言った。


「人間の兵士の手を借りるというのはどうだ? 我々とコルニグス王国は既にそれなりの信頼関係を築いている」


 だが、ラーバルオは苦い顔をした。


「それも手ですが、今はやめた方が良いでしょう。我々、魔物だけで敵城を攻め落とさなければ人間たちに自分たちも活躍したのだから、と城の統治権を主張され、同盟にもヒビが入りかねない。人間の手を借りるのは落とした城を人間に譲っても良い時です」

「確かにな……」


 となればやはり戦力としてアテに出来るのは500の捕虜の魔物たちか。


「捕虜の魔物たちを最前線に投入、白銀獅子王族200を見張りに付け、魔王軍と戦ってもらうか。見張りの軍の指揮官は、そうだな……ジルバに任せよう」

「そうですね、女王様。それがよろしいかと思います」


 ラーバルオの賛同も得られた。……となればこの路線で行く事に迷いはない。俺はラーバルオ、ライナを伴い、捕虜の魔物たちが収容されている地下牢獄に行った。


 

 ゴブリンやコボルト、オークに鳥人がこの中には大勢囚われている。俺は捕虜の魔物たちに声を掛けた。


「お前たち、釈放して欲しくはないか?」


 捕虜の魔物たちは一斉に何かをわめき出す。人間であった頃の俺なら何を言っているのか、聞き取れなかっただろうが、黄金獅子王となった今の俺は魔物である。そのわめき声の意味も理解する事が出来た。


「当然だ、か……」


 翻訳をライナがする。ライナが言うまでもなく聞き取れていた事だが。


「ならば一つ条件がある」


 俺の言葉に魔物たちはなんだ? と声を漏らす。


「貴様たちを我々、獅子の軍勢が迎える。我が軍に入り、この先に待つ魔王軍と戦うのだ」


 これには捕虜の魔物たちも流石に困惑の様子を見せた。「誰が貴様らなどに与するか」「分かった、俺たちは獅子の軍勢の配下に入る」「なんでもいいからここから出してくれ」と様々な声が重なる。感触は悪くはない。捕虜の多くは俺たちに従う意向を示している。


「我々の軍勢に入るのならすぐにでもお前たちを釈放しよう。ただし、裏切ったり、妙な真似を見せれば即座に殺す。我々、黄金獅子王族の力は貴様らも承知だろう。変な気を起こさないようにする事だ」


 俺の言葉に捕虜の魔物たちは次々に頷く。最初は「魔王様への忠義を……」などと言っていた魔物も最終的には俺の配下に収まる事で合意した。そうして、魔物たちは釈放されたが、すぐに逃げ出さないように早くもジルバに頼み、監視をする。



 それでも監視の目を掻い潜って逃げ出した魔物はいたが、約450の魔物は残り、我が軍に協力してくれるようであった。勿論、この魔物たちは俺たち獅子の一族とは違う。弱小の脆弱な魔物たちだ。



 戦力としてあまりアテにし過ぎるのもどうかとは思うが、全くアテにならないという事はないだろう。ジルバを監軍に付け、前線で戦ってもらう事にする。



 そうして、俺たちは本格的にケルビム城に侵攻する準備を整え始めた。この事を軍議で言うと獅子たちは下級な魔物たちの手を借りるなどと、と難色を示したが、最終的にはそれでケルビム城に侵攻が出来る、と言う事で納得し、また何故、ケルビム城に攻め込まないのか、という不満も解消する事が出来た。



 ケルビム城攻略に向けて獅子の軍勢が動き出す。とはいえ、ガルマー城での内政も完全にはおろそかに出来ないので平行して二つの作業を進める羽目になった。



 目の回る忙しさだったが、ラーバルオやライナも協力してくれているおかげでなんとかこなせていた。ケルビム城侵攻。その目的が具体性を持って目の前には訪れていた。

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