第16話 バイトするなら③

 待つこと数分。

 店長に連れられ意識のない凪が戻って来た。

 しかしその服装はいつも着ているパーカとは違って、光沢のある黒と赤が入り交じったチャイナ服になっている。丈は非常に短く、真っ白い健全な肌が露わになり周りの人から注目を集めていた。


「どうだ、いい雰囲気を醸し出してるだろ」


 いい雰囲気と言うより、ちょっぴり刺激的な大人の雰囲気と言う方が正しいだろう。

 でもその姿は日々目にしているのとは相反して、また異なる可愛さを持っていたのは確かだった。


「よくそんなものうちの店にありましたね」


 これ程までのものがここに置いてあったと言うことは何かの大きなイベントの際に使用するのだろう。


「俺のお下がりだ」


「……………………」


 俺はかける言葉が見つからず一歩後ろへと身をひいた。


「驚くなって。洗濯はちゃんとしてた」


(いや、あんたがそんなの着ていたっていう方が驚きだよ……)


 衝撃的な事実を聞かされこの店の印象が俺の中で下がっていく。


 しかもそんな過去をなんの躊躇いもなく言ってくるところがまた一段と恐ろしくて仕方なかった。


「しかしまだ動かないんだ。どうしたもんか」


「……任せてください」


 視線を凪へと移す。目は開いているのに意識がないのは何と不気味な事だろう。近づいて見てみると、何かで凍らされたんじゃないかと思わせるほどにピクリとも動かない。

 顔の前で手を振ってみるが一切反応はない。

 その光景に少々遊び心を覚え、凪の額の前で軽く指を弾いてデコピンをしてみた。

 静寂の中で不鮮明な音がこだまのように響くと同時に彼女の全身が大きく震えて動き出した。


「いたぁぁぁあああ!! 何ですかいきなり!?」


 紅葉色に赤くなった額を両手で抑えながら大声を上げ俺に問い詰めてくる。

 先程までは物静かだったのに急に忙しくなった。

 ……まぁ俺が原因なんだが。


「いつまでも寝てたから起こしてやったんだ」


「も、もっと優しく起こしてくださいよ! うぅ……痛いです」


 涙目になりながら俯く彼女に自分がした事へのバツの悪さを少々感じながら目を横へと背けた。


「次からそうする」


「なら許します」


(許すのかよ……)


 呆気ない返答に唖然とする。

 彼女に何かイタズラをしても謝りさえすれば全て許してくれるのではないかとそう思えた瞬間だった。


 現に今もイタズラで着せられたみたいな格好をしているのだが。


「ところでどうなんだ、その服は?」


「どうってなに……えぇ!! 何ですかこの服は!」


 俺に促され自分の服装を見た彼女が目を丸くし驚嘆の声を上げる。


(流石の凪もその格好じゃ恥ずかしいーー)


「かわいいですっ!」


 顔を下に向けたまま元気よく叫ばれた。

 余程その服に見とれたのか肩を左右に捻りその全体を見渡そうと努力していた。

 やはりいくら不思議な彼女であっても可愛いものには目がないようだ。


「おう、気に入ってくれてなによりだ」


 その一言で思い出させられる。

 …………そう言えば店長が着ていた服だった。


「ありがとうございます!」


「じゃあ早速これ持って店先に行ってきてくれ」


 そう言って凪の手に渡されたのは木製の看板。

 白の主張が強い背景に、赤い文字で「ブックオンだけど本あるじゃん」と大きく綴られていた。

 やりたい放題な店長に「元々ブックオンは本を売っている所だ」とツッコミを入れそうになったが何とか堪え、別の事を聞いてみた。


「……面接は?」


「免除だ」


「……そんな事して大丈夫なんですか?」


「大丈夫だ」


 勇ましい程に物怖じしない姿に、この店の存続が危うい事を懸念し静かにため息をついた。


「私ぐらいにまで成長すると面接はなくなるんですよ宗次さん」


 自慢げに言ってくる彼女に細い目を向けもう一発、先より力を入れたデコピンをお見舞いしてやった。


「調子に乗るな」


「うっ……」


 彼女の顔が後ろへと少し吹き飛ぶ。

 それを尻目に店長の方へと向き直った。


「ではもう採用って事になるんですか?」


「あぁ、今日からしっかりと働いてもらう」


(そんな事するからこの店に変な人ばかりバイトを受けに来るんじゃ……)


 しかし思った。

 この店は店長が変わらないといつまで経っても進歩しない。

 まぁそんな事を本人の目の前で堂々と言える訳もなく俺はただ呆然と突っ立ていた。


「じゃあさっき言ったら通りそれ持って頑張ってくれ」


「了解です!」


 凪が店長へと敬礼する。

 そして足早に店先へと歩いて向かっていった。


 数分ぐらい店長と話していると、どこからともなく大量の足音が聞こえてきた。

 その方へ振り向いてみると先程まで十数人ぐらいしかいなかった客の数が一気に何百人と、この店を埋めつくすぐらいにまで変化していた。


「こ、これは俺が思っていたよりも優秀な人材を発掘してしまったんじゃないか!?」


 声を荒らげて動揺する店長に俺も大きく同情した。


「凪にこんな隠された才能があったとは」


 すると奥の方から人並みを掻き分けて彼女が戻ってきたが、その人の多さにやられたのか少々疲れている様子だった。


「凄いな……流れるように客が入って来るじゃないか」


「えっへん!」


「でも何をしたらこんなにーー」


 視線を下へと向けてみると凪の持っていた看板の文字がマジックペンか何かで線を引かれて消されその上から新たに「今なら本全部タダ」と上書きされていた。



 俺はそれを見て自分に非難の声が飛んでくるのを察知して、店長と凪が話している間に一人静かに家へと帰った。

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