第17話 飲み物は大切に①
リビングにあるテーブルに座って頬杖をつく。
硬くて冷たい感触が肘を伝って全身に流れ込んでいき、先程バイト先で起こったクレーム対処からなる憂鬱を一瞬癒すように感じられた。
しかし悪魔で一瞬だけだ。
それを通り越してまたすぐに心が霧のように物憂いしていく。
その原因である凪はソファーに座って牡丹と一緒にテレビ番組へと熱中していた。
金曜夜七時からある某人気アニメ。
それを俺も二人の後ろから見る。
「ドザえも〜ん」
「なんだいほび太くん?」
「アイジャンとオネスがお前の家ゴキブリポイポイみたいだってバカにしてくるんだ」
「それは少々お仕置が必要だね。はい、スタンガン〜。これを首に当てて電気を流し込めば気絶するよ」
「ダメだよドザえもん……もっと平和的解決じゃないと」
「もぉ、ほび太くんは本当に細かいんだから…………はい、百万円」
「わーい、これがあればあの二人を下僕に出来るよ! ありがとうドザえもん!」
……金曜のゴールデンタイムに放送していい内容なのかと眉をひそめて思ったが、二人が楽しそうな表情をしているのでまぁ良しとしよう。
しかし見ていて何故か気持ちが落ち着かない。
その原因を頭の中で考える。
(あ、そう言えば金曜って俺が洗濯当番だったな)
見ていたアニメのおかげで自分がやるべき事について思い出した。
日替わりで行われている家事。一人一日一つ以上の当番を持っていて炊事、洗濯、掃除、買い物という順に三人で回していた。言わなくても分かる事だが炊事は凪抜きだ。
今日は俺がその洗濯当番と言うことで洗濯をしなければならなかった。
テレビを見て熱中している二人を尻目に音を立てず静かに洗濯機へと向かった。
洗面脱衣所に配置されているドラム式洗濯機の中を覗き込んだ。
「結構溜まってるな……」
半透明な蓋の向こうには様々な種類の洗濯物が幾重にも折り重なっていて中一杯にぎっしり詰まっていた。
一日でこんなに溜まるものなのかと思ったがこの家には三人住んでいるのでこれぐらいが当たり前なのだろうと勝手に一人で不思議に思って勝手に納得した。
洗濯機の上にある棚から洗剤と柔軟剤を取り出しキャップを開け緑色の液体をそれぞれいつもの倍以上注ぐ。
ジョボジョボという音と一緒に何かジュースみたいな匂いがした気がした。しかしこれが普通の匂いだろうと思いその違和感を切り捨て更にキャップギリギリまで洗剤を注いでいく。
ボタンを押した。
静寂を切り裂いて洗濯機の軽快な音が部屋中に響く。ウィンウィンという重低音を出しながら中にある洗濯物が無作為に回って洗われていく。
ふと上を見ると先程洗剤などを取り出した棚の奥にまだ何かがあるのに気がついた。
断片的で全体がよく分からないので俺はその正体を見極めるべく棚の中へ手を伸ばす。
指先にそれが触れる。そして掴んだ。
手にしっくりとくる感触。持ち上げて左右に動かしてみると何かが中で波を打って揺れた。
この時点でその正体に大体想像がついた。
だがこの目でしっかりと確認するまでは悪魔で自分の中だけの妄想になってしまうので、俺は自分の予想を決定づける為棚の中からそれを取り出して確認した。
「…………メロンソーダ」
予想が的中する。しかし流石に何の飲み物なのかは持っただけで分かるわけもなかった。
一般的な円柱型のペットボトルの中に透き通るような緑色の液体が上から降り注ぐ照明の光で輝きながら揺れている。
俺はそれを眉間近くへと引き寄せ不思議に思う。
(なんでこんな場所ーー)
そこでまさかと思い、床に置いてあった洗剤を素早く掴み両方の色を見比べてみた。
「同じ……」
さっき感じた匂いの違和感はやはり正しかった。
こんな事をする人物なんて一人しか思いつかない。
「あ、あいつ……」
すると入口のドアから視線を察知した。
顔をそこへ向けてみると凪が体を隠し顔だけを出してこちらを凝視していた。その表情は何か大変な事をやらかしてしまったという顔に近い。
俺は野良猫を相手するみたいに顔を柔らかくして優しい声で呼びかけた。
「凪、ここに美味しい飲み物があるんだがいるか?」
「はい欲しいです!」
一気にその表情は満面の笑みへと変わりこちらに軽やかな足取りで近づいてきた。
その軽率な行動に俺は心の中で苛立ちや呆れなど色んな感情を織り交ぜながら持っていた飲み物入り洗剤を頭上へ高く上げ
「そんなに欲しいなら腹一杯になるまで飲ませてくれるわ!」
一気に凪の口へと押し込んだ。
容器の入口がすっぽり口の中に収まり頬が膨らんでいく。
「びゃ、びゃめてくだひゃい!」
「洗剤の容器を勝手に飲み物とすり替えてんじゃねーよ!」
「ご、ごべんにゃびゃい!」
全身をジタバタさせてもがいてくるのでもう片方の手で押さえつけた。
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