第14話 バイトするなら①

 イスに座って自分の部屋を見渡す。


 ここは同じ年齢の人と比べて少しばかり殺風景だろう。一人暮らしを始めると同時に余計なものは全て買い取ってもらった。

 今置いてあるのはベッドや学習机、イスといった俺がこの部屋で生活をする必要最低限の家具ばかり。

 最も学習机に関してはもう余り使っていないのだが。


 窓側から視線を左にゆっくりと動かしていく。だいたい百八十度移し終えたところで一息ついていると唐突にドアが開いた。


 入ってきたのは……凪だ。


 急いで来たのか、髪は所々曲線を描きながら跳ねていた。


「バイトがしたいですっ!」


 その口から発せられた意外な一言に俺は心の中で関心を示したが……


「なぜそれを俺に言う?」


「宗次さんが一応この家の主じゃないですか?」


「一応ってなんだ、一応って。俺はここの正式な主だ」


 この家に住んでいるのは俺、凪、牡丹。それぞれが自分の役割を持っているがその二人を取り纏めるのは俺の役目だった。


「それはとりあえず置くとして」


「いや、置くなよ……」


 何だか最近の出来事がはちゃめちゃ過ぎて俺のこの家での立場がだんだんと薄れていっている感じがする。


「私はバイトがしたいんですっ!」


「分かっている。それで結局何が言いたいんだ?」


「私のバイトを探してきてください!」


 声を荒らげて興奮を露わにする凪に向かって俺は冷静に頭を落ち着かせ腕を組む。


「……一つ聞いていいか?」


「はい何でしょう?」


「なぜ俺が行くんだ?」


 当たり前の疑問を聞いてみる。

 でもその答えはまた可笑しなものだろうと心の中で勘づいている自分も少なからずどこかにいた。


「宗次さんバイトしているじゃないですか? 私したことがないからよく分かりません」


 思った通りその返事は常識では考えられないものだった。

 どこの世界にバイトを探すのを他人に任せる人がいる…………現に俺の目の前にいるのだが。


「それでも自分が行かなきゃならないんだ」


「それは困りました……」


 その表情がきまり悪そうに少しずつ歪んでいく。


「どうしてだ?」


 余り見ない珍しい顔だったので気になって聞いてしまった。

 凪は口ごもりながら下を俯き少し間を空けた後、何かを決意したように顔を徐々に上げ俺に目を合わせてきた。


「だって私、少し変じゃないですか?」


「……自覚があるんだな、それと少しどころではないが」


「なので面接に行ったら落とされる気がします」


「そうだな。間違いなく、絶対に、疑う余地もなく落とされるな」


「うぅ……言いすぎです」


 首を落として項垂れる凪を横目に恥じらいながら顔を背ける。


「まぁ、バイトをしてくれるならこの家の金銭面的に助かるんだが」


「じゃあ宗次さん! 面接の練習相手になってください!」


 凪らしからぬ意欲的なその発言は本当に彼女の本心なのかと一瞬疑ったが、それよりも今はこんなにも何かを真剣に考えているんだという思いの方が強かったのでそれを受けることにした。


「いいだろう。その腐った頭を俺が叩き直してやる」


「腐っていません! 腐敗しているだけです!」


「やっぱり腐ってんじゃないか。それと今のは例えだ」


「例えってなんですか?」


 やはり彼女は何かが欠けている……。


「……分からないならいい。じゃあ俺が面接官として質問を出すからそれに正直に答えろよ」


「よしこーいっ!」


 勢いよく握りこぶしを頭上へと高く上げる凪を尻目に質問を考える。

 真っ先に思いついたのは自分が面接の時に受けた質問。今働いている所が初めてのバイト先だったのでその内容は鮮明に覚えていた、って大体はほぼ同じ質問なのだろうが。


「志望動機はなんですか?」


「まだ死んでいません!」


 俺の言い方が悪かったのか……? と頭を拗らせ思ったがそんなはずがない。


(なぜ理解できない……)


「いや、死ぬっていう意味の死亡じゃなくて……」


「あれ? じゃあお肉の事ですか?」


「違う……なぜここの店を選んだのかというそのきっかけの事だ」


「きっかけですか…………んん〜、美味しいものがいっぱい食べられるからです!」


(……飲食店は無理、と)


 食べ物関係に該当するバイト先を俺の頭の中から削除する。


「じゃあ次に、あなたの長所はなんですか?」


「美味しいものがいっぱい食べられます!」


(………………)


 抑えられない不安が脳を通じて全身に駆け巡る。

 それでも俺はまだ希望があると信じ質問を続けた。


「…………週に何回来れますか?」


「美味しいものを食べたいので毎日行きたいですっ!」


「……お前はバイトというのが何だか分かっているのか?」


「分かってますよ! 美味しいものがお腹いっぱい食べられる所ですよね!」


「そんな訳あるかっ!」

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