第13話 スイーツ、プリーズ、そしてフリーズ

 峰ヶ崎高校から徒歩で数分。

 人だかりの少ない裏路地にあるこのお店は知る人ぞ知る隠れスイーツ店である。


 ごく僅かに届く太陽の光が店舗を照らす。入り口の看板にはスタイリッシュに『パティカ』と白い文字で綴られていた。

 カランと鳴るベルがついたドアを開けて中に入ってみるとそこは大地の自然を漂わすかのように木製だけでアーティファクトされたテーブルとイスがそれぞれ均等の位置を保って配置されている。カウンター近くのガラスのショーケースの中にはショートケーキやホールケーキなど色とりどりのスイーツが見栄えよく並べられており少々甘い匂いが店内を包んでいた。


 一人の男性定員が三人の女子が座っているテーブルの前で立ち止まる。


「こちら期間限定メガ盛りジャンボデラックスパフェになります」


 男性はそう言うと注文された商品をテーブルの上に静かに置いて店の奥へと戻って行った。



 高さ約三十センチ、横幅約十センチのパフェグラスの中にはチョコレートや生クリームなどの相性が良さそうな食べ物が何層にもなって積み重ねられている。その頂点には真っ赤に実った大きないちごが自分の居場所はここだと言わんばかりに堂々と置かれていた。


「……凪先輩、ホントに食べるんか?」


 結が焦点の定まらない視線で作り笑いを浮かべながらパフェに顔を近づける。

 そのサイズは普通のパフェと比べて幾倍かの迫力を放っていた。


「当たり前です! そのために今日ここまで来たんですからっ!」


 スプーン片手に興奮状態の凪が目を輝かせながら息を荒くする。

 彼女にとってこれは人生初のパフェであると同時に宗次の家に来てまだ食べたことのない素晴らしきご馳走でもあった。

 それを目の前にして食べないという選択肢は彼女の中ではありえない事なのだろう。


「いやでも流石にこの量はあかんて……」


 心配している結に凪は大きく体を後ろに反らし腰に手を当てた。


「ふんっ! こんなもの私にとって朝昼晩です!」


「葵先輩、それを言うなら朝飯前です」


 牡丹が目を閉じたまま冷静に間違いを指摘する。

 その冷たくも優しい口調はいつも通り、近くにいる人と雰囲気を微かに和ませた。


「そうでした、では私の勇姿とくとご覧あれ!」


 パフェという対象に目掛けてスプーンが勢いよく発射された。


 その数分後。彼女は重力という自然の法則に流されるまま力なくテーブルに顔を落とした。

 先程までの自信満々の弾けた笑顔が今は、眉をしかめて酷く憂鬱そうな苦悩な顔に満ち溢れていた。


「もうダメです……頭とお腹がおかしくなってしまいます……うっ……」


 若干の吐き気が暴食であったはずの胃を僅か数分で何も受け付けない性質へと変化させていた。


 まぁ、あの量では無理もない話だが。


「さっきまでの威勢はどないしたんや……」


「だってこのパフェ……多すぎるんですよ……」


 そう言う凪の前にあるパフェはまだ全体の約二割程しか減ってしかいない。


「……凪先輩が自分で頼んだと違うか」


「そ、それはそうですけど……やっぱり多すぎです」


「もったいないでこんな残して」


「うっ……どうしましょう」


 このパフェは量の多さと期間限定というオプション故に二千円という金額を強いられる。

 凪は宗次から月に三千円貰っているのでこの金額はその六割以上を占めていることになる。そのため今更残すという考えは凪にとって非常にもったいない事この上ない。


「どないするって……あれ、そう言えば牡丹はどこに行ったんや?」


「そう言えば……いませんね」


 ついさっきまで一緒にテーブルを囲んでイスに座っていた牡丹の姿がいつの間にか消えていた。

 周りを見渡してみるがどこにもその姿はない。


「帰ったんじゃ……ないですか……」


「いやいやそんなわけーー」


 すると店の入口のドアが甲高い音と共に開く。


 入ってきたのは黒い帽子にサングラス、マスクをつけたいかにも怪しそうな人物。

 顔だけでは性別の認識がし難い。

 しかし用意が出来なかったのか服は見覚えのある……というか凪や結が今着ているのと同じもの。


 峰ヶ崎高校の女子制服だ。


 そして凪達がいるテーブルへとゆっくり歩を進め辿り着く。


「何してんや牡丹……」


 結が苦笑いを浮かべながら吐露する。

 二人は中学の頃からの付き合いだったのですぐにその正体が牡丹だと気づけたのだろう。


「ボタン? ダレダネソノヒトハ?」


「あんたやあんた、なんで片言やねん……」


「ワタシハスイーツマスター『リベタン』ダ」


「なんやリベタンって! 織部牡丹のリベとタンとっとるだけやないか! もうちょい分かりにくいのにせーや!」


 それでも知らぬ振りを突き通す変装中牡丹に結は激しいツッコミを入れてしまう。

 その二人のたわいないやり取りは、さながら洗練された芸人のネタではないのかと疑ってしまいそうになる。


「ソコノヒト、コマッテイルヨウダネ。ワタシガソレヲタベテヤロウ」


 その手がパフェへと向けられた。


「えっ!? いいんですかリベタンさん!?」


 凪はこの人物の正体が牡丹だと気づいていない様子だ。


 ……彼女は何かが欠落している。


「ハイ、ワタシノモットーハ、『ミナヲクルシミカラスクイダス』ナノデ」


「ありがとうございますっ!! じゃあ喜んでお願いします!」


 パフェがテーブルの上を通って牡丹へと流れる。


「ウケタマワリマシタ」


「あんた絶対それ食べたいだけやろ!」


 本心を見抜いたのか結が声を荒らげた。



 その後、あんなに残っていたパフェは牡丹の限りないスイーツ愛によって全て綺麗に完食されたのであった。

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