第12話 鬱陶しい

 テーブル近くのイスに腰をおろした。

 何かあるとすぐにここに座るのは最早我が家のしきたりになりつつある。

 俺の向かいの席には牡丹、その隣に凪があやとりをして座っている。

 その紐を伸ばしたり指に巻きつけたりと創意工夫しながら真剣な表情で取り組んでいた。

 そして何故か俺の隣には肌を寄せるようにして座っている人物がいる。無視してやろうと思ったが異常な程までにくっついてくるので顔を顰めた。


「離れろ、暑苦しい」


 声を低くし苛立ちの感情をあらわにして一言いってやったがそれでもまだ離れない。

 本当に鬱陶しいやつだ。


「折角の再開ですよ? もっとこのままいさせてください」


「邪魔だ」


 強引に顔と体を力の限り押して俺のそばから遠ざける。途中「うっ」と抵抗してきたが更に強い力で上からねじ伏せた。


「お兄様、こちらはどなたですか?」


「ストーカーだ」


 牡丹にそう聞かれたので今思ってる事を伝えた。


「そんなぁ、酷いです織部さん。昔はあんなに一緒に楽しく遊んでいたのに」


「あれはお前の一方的な行動だ」


「要するにお兄様にまとわりつく不審な人物ということですか?」


「あぁ、そうだ」


 テーブルに肘をつき顎を手で支えながらため息混じりに答えた。

 するとガタッと言う音が隣から聞こえてきたのでそちらを向いた。


(……なんでこいつは見下したように立ってるんだ…………)


「先程から気になっていたが貴様は誰だ?」


「私はお兄様の妹で織部牡丹と申します」


「妹……? そんなのがいるとは聞いていないぞ」


「一回も言ったことがないからな」


 俺は彼を尻目に生気の抜けた声で吐露した。


「僕に隠し事なんて聞いてませんよっ!」


 不安そうな顔をしてこちらに近寄ってきたので顔を背けた。


「なぜお前に言わねばならない」


 するとずっとあやとりをしていた凪がその手を止め右手をピンと上に伸ばした。


「そう言えばお名前は何と言うんでしょうか?」


 溌剌な声で彼に質問をする。


 しかし彼は馬鹿にしたように鼻息をふんと鳴らし嘲笑を見せた。


「貴様に名乗る名などない」


 こいつは俺以外の人物に全くと言っていい程関心がないらしい。あいにく俺はそっち系の趣味は全然……と言うより水滴一滴分の興味もないのだが。


「おー、これはまたクールな返しですね」


「僕の名を知っていていいのは織部さんだけだ」


 腕組みをする彼に俺は目をつむる。


 この家に上がりこんで来たんだし一応こいつとの出会いだけは二人に紹介してやろうと思った。あくまで簡潔にだが。


「こいつは神鳥蓮かみどりれんで、俺が大学一年の時に困っていたところを助けてやったんだ…………あの頃の俺が恨めしい」


 過去の出来事を思い返しながら額に手をおき深いため息をつく。


 俺にとっての一番の失態と同時にまた後悔の原因でもある神鳥はそんな俺の気持ちなんか知り得もせずに両手を胸の前で握り天井を見上げた。


「今でも忘れません、あの日僕は織部さんに助けてもらい一生ついて行こうと決めたんです」


 こいつは神にでも感謝しているんだろうけど俺は今殴り飛ばしてやりたい気分だ。


「一生ですか……」


 凪が真剣な表情で眉間にシワを寄せている。


 何だか珍しい光景だ。


「あぁ一生だ。だから貴様、さっさとここから立ち去れ」


「わ、私だってここにいないとご飯が食べられなくなってしまいます!」


 大慌てしながら動揺した声を上げる。


(さっきの表情はこういう事だったのか……)


 凪に心底呆れ俺は氷のような冷たい視線をおくった。


「ご飯如き食べなくても生きていける」


「私はこの家から動きません!」


 蓮と凪の睨み合う視線が火花を散らす。


(……何なんだこいつらは)


 その光景が数秒続いた。俺はどうやって神鳥を家から追い出そうかと考えていたら急にその本人がこちらに顔を向け勢いよく手を差し伸べてきた。


「織部さんっ! 僕と一緒に駆け落ちしましょう!」


「絶対にしない。例え死んでもするもんか」


「どうしてですか!? 僕よりこの女をとるんですか!?」


 説得するよな声で胸に手を当て俺に呼びかける。その顔は真剣で今にも泣き出しそうだった。


 しかし俺は


「あえて選ぶとすればそうだ。癪ではあるがな」


「う、嘘だ。僕がこんな女より劣っているなんて……」


 今にも枯れそうな声で首を左右へとゆっくり振り数歩後ずさりしていく。


「嘘だぁぁぁぁぁぁあああ」


 そのまま大声をあげながらリビングから飛び出し靴も履かずに家から走り去っていった。



 それを冷たい目で見ていると牡丹が俺の横に立ち涼しい声をかけてきた。


「どうしますお兄様? 玄関に罠でも仕掛けて置きましょうか?」


「あぁ、頼む」


 俺はその提案をなんの躊躇いもなく許可した。

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