第11話 少年現る
一人の少年がある家の囲いの前で立ち止まった。
表札には「織部」と書かれている。
それを見て彼は軽く口を釣り上げ笑みを浮かべる。
「……やっと見つけました」
すると家の中から嵐のように騒がしくそして賑やかな声が辺りを埋めつくした。
それに彼は苛立ちを覚え眉を顰め玄関先に向かって一歩ずつ歩を進めた。
今日はバイトが休み。
なのに俺の気分は増すどころかみるみる滝の如く落ちていく。
(……暇だ。いつもこんな日は何をして過ごしていたんだっけ?)
自問自答してみるが当たり前のように返事は誰からも返ってくるはずもなく、ソファーに寝転がってただただ白いリビングの天井を呆然と眺めていた。
しばらく見ていると目がだんだんとぼやけていったので、それをリフレッシュさせるために顔を横へと向けた。
「こうしてこうです」
「うぉー、凄いです師匠!」
牡丹と凪がこちらに背を向けて何かをしている。そのうちの一人は興奮気味だ。
内容が目に見えず少々気になってしまったので俺はそのままの体勢で聞いてみた。
「なにしてんだ?」
「あ、宗次さん。今師匠から奥義を伝授しているところです!」
「奥義? なんの?」
「これですっ!」
凪が勢いよくこちらに両手を向けてきた。
そこには赤い一本の紐がクモの巣みたいに絡め合うようにして手に巻きついていた。
「あやとりか……懐かしいな」
「お兄様もやってみますか?」
「やってみるか」
牡丹に促されゆっくりと床に手をつき立ち上がる。
すると家のチャイムがピンポーンと高い音を上げて家中に響いてきた。
「あれ、誰か来たみたいですよ?」
「……そうだな」
久しぶりに凪たちのやっている事に興味を持ったのにそれを遮らる事をされ俺は不機嫌な気分になる。玄関までしかめっ面をしながらゆっくりと歩きドアノブに手をかけ回す。
眩しい太陽の光と共に現れたのは中性的な顔立ちの少年。
俺が少年と決めつけたのは前にこいつと会ったことがあるからだ。
その日々が走馬灯のように脳内へと流れ込んでくるがそれを振り払うように俺は無言でドアを閉めようとした。
「まま、待ってください織部さん!」
しかしその隙間に割って入ってこられる。
懸命に踏ん張る姿に俺は目を細めた。
「うるさい、帰れ」
無慈悲な一言を突きつけてやるが少年はまだ諦めない。
「そ、そんな、折角住所までつけ止めて、こ、ここまで来たのに今更帰るなんて、で、できません」
「なに人の住所勝手に特定してんだ」
「だ、だって織部さんに憧れて同じ大学に入学したのに、そ、その先輩がいなくなっていたんですよ。ビックリしてすぐに調べてしまいました」
「平然とした顔で言うんじゃねぇ。しかも同じ大学かよ」
俺と少年のドアを挟んでの小競り合いがしばらく続く。一歩も引こうとしないその姿勢に苛立ちを覚え逆にドアを押して倒してやろうかと足に力を入れたその時
「宗次さん見てください! ほうきですっ!」
リビングから葵がこちらに走ってきた。
すると何かに躓いたように急にこける。
「あっ!」
そのままの勢いで俺とぶつかり一緒に外に投げ出された。
腹全体が地面に叩きつけられ一コンボ。立ち上がろうとするが葵のボディ・プレスが俺に決まり二コンボ。そしてほんの僅かな柔らかい感触が背中を刺激して最終コンボとなる。
体温が一気に上昇していき顔が赤くなるのを隠すようにして下を俯き小声で喋る。
「重い……」
「あっ! 女性に対してその言葉は失礼ですよ!」
折り重なるようにして乗っている葵は俺の心境に気づいた様子もなく耳元で大きな喚き声をあげる。
「分かったから早くどいてくれ……」
「それならよしとしましょう」
ゆっくりと背中から降りてくれるが俺の心音は小刻みに速いビートを刻んだまま一向に収まる気配がない。立ち上がりながら胸に手をあて大きな深呼吸を数回とる。
やっといつものリズムに戻ってきたのを確認して安心していると
「おい貴様……僕の織部さんに何をしている……今すぐ立ち去れっ!!」
本題の少年が息を荒らしながら目を見開き怒鳴ってくるので頭に一発チョップを入れて制してやった。
「お前のになった覚えはない」
「だって背中に抱きついて!?」
「今のは事故みたいなーー」
すると少年は一歩後ずさり首を横に振る。
「嘘ですよね織部さん……まさか……そんな……」
「私と宗次さんはもう行くところまでいってしまったんです……」
凪の一言が結構効いたのか膝から崩れ落ちた。
「……織部……さん」
信じられないという顔でこちらを見てくるので俺は呆れてため息を吐き捨てた。
「なわけあるか、凪も毎回毎回そのネタもういいから」
「あはは〜失礼しました」
「ではその女とはどういう関係で?」
「居候だこいつは」
どう答えればいいかと悩んだが、変な誤解をされるのが嫌だったのでありのままに話した。
すると横にいた葵が足をピシッと揃え敬礼をする。
「どうも居候ですっ! ささっ中へ」
「ふっ、気が聞くじゃないか女」
……二人はなぜかこの家に住んでいる当の本人に許可をとらず知らん顔をして家へと入って行った。
その姿を遠目で見て思う。
(……こいつらとは絶対に気が合わないな)
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