第7話 悪魔降臨

 放課後のチャイムが学校全体に響き渡り、生徒達の廊下を歩く騒がしい音と声がさざ波のように聞こえてくるこの場所。


 峰ヶ崎高校。


 とある教室で二人の女子生徒がいつものように会話をしていた。


「え、牡丹ってお兄さんおるん?」


 体を机の上に預けながら聞いてきたのは織部牡丹の学友である白乃結しらのゆい


 その見るからに綺麗な顔と可愛らしい声に反して時々でる口の悪さは一部の男子達から圧倒的人気を誇り、牡丹と並んでこのクラスにたつマドンナ的存在でもあった。


「はい、今はこの近くの家を借りて私達と三人で暮らしています」


「私達? あと一人は誰なんや?」


「この高校の三年生である葵凪先輩です」


 その人物の名を聞いて結は目を丸くし、イスから立ち上がった。


「な、凪先輩がどないして!?」


「話せば少々長くなります。兄は今日バイトで帰りが遅くなるので、それまで家に上がって三人で話しをしていきませんか?」


「え、いいんか!?」


「はい」


 そうして二人は教室から足早に立ち去り、凪の教室まで向かうのであった。



 * * * *



 俺は家でシャワーを浴びていた。

 バイトはというと……


「何だよ今日のシフト三十人って。……まぁ、そのおかげで俺のシフトはなくなったんだが」


 頭の悪いバイト先に不快な気分を抱くと同時に、その事で生じた自分へのメリットを心の中で少しだけ喜びながら小さなため息をついていた。


 散弾銃のように流れ出てくる丁度いい温度のお湯に身体中を打たせながら、俺は石鹸を取ろうと手を伸ばす。


 それと同時に浴室のドアが開いた。



「「えっ?」」



 俺と目の前の裸の少女の声がシンクロする。

 いきなりの出来事だったので呆然としてしまう。


 すると少女は顔を熟れたトマトのように赤くし、近くの棚の上に置いてあった石鹸の箱を素早く掴んだ。


 この後何をされるのかは大体想像がつく。


 しかし俺はその確立された運命を変えるべく少女に立ち向かった。


「ま、待てっ」


 俺の言葉に聞く耳を持たずか、少女は体を大きく捻りながらこの至近距離で勢いよくそれをこちらに向かって投げてくる。


「待てるかボケッ!」



 * * * *



 額に大きな絆創膏を貼り、俺は正座をさせられていた。

 目の前には先程風呂場で遭遇した少女が腕組をしながら仁王立ちでこちらを見下ろしている。


「こっち見んな変態」


 その氷のように冷たい蔑んだ目と声は俺の心を幾らばかりか削り取っていった。


「いやー、ついにやってしまいましたね宗次さん」


 少女の後ろから葵の引き笑いじみた声が聞こえてくるが、その表情はソファーに隠れていて全然伺えない。

 しかし見えなくとも俺には分かっていた。


(あいつ……絶対に腹抱えて笑ってやがる)


 太ももの上で握りこぶしを作り顔を引き攣らせている俺に、隣に立っていた牡丹が耳元で囁いた。


「お兄様、こちらは私の学友である白乃結さんです」


 そう言われ俺はもう一度少女を見る。

 しかしその反応は


「だから見んなって言ってるやないか、変態生物クソゴミ虫」


 色々と付け足されていた。

 今までにないくらいの凄い言われようだ。


 そしてその言葉に多少の苛立ちを感じ、長い間閉ざしていた口をようやく開こうとしていた。


 しかし悪魔で冷静に、だ。

 こいつは牡丹の同級生で高校一年生、俺は四つ年上で大学二年生なのだから。

 その考えが口調を少しだけ和らげる。


「どうして俺がそんなに非難されねばならない」


 すると葵がいつもより声色を低くして手だけを上につきだしてきた。


「それが当たり前なんですよ……まだ私は優しい方です」


「な、凪先輩も見られはったんですか?」


「はい……嫌がる私を無理矢理……野獣のように……」


 ……芝居がかった声だけというのが更にムカつく。


「お兄様は野獣ではありません。心優しき野獣です」


「いや牡丹それサポートになってないから」


 妹のボケ? に呼吸のペースを少しだけはやくしてツッコミを入れてしまった。


 前を見るとそこにはもう白乃はおらず、急ぎ足で玄関方面に向かって歩き出していた。


「うちが思ってたより事の深刻さは大きかったみたいや……早く父に連絡せな」


「お前の親父になんか言われたぐらいで俺はビビりはしないぞ」


「うちの父は警視庁や」


「………………」


 俺はすぐさま、ポケットにいれてあった財布から紙を一枚取り出し彼女に向けて差し出した。


「千円上げるんで許して下さい」


「桁が一つ違うんやないんか」



 そして俺の財布の中から福沢が消え、野口だけが残ったのだった。

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