第6話 短所が長所に
持っていたマジックのキャップを閉め、俺はソファーに座ってテレビを見ていた二人組に視線を向ける。
「二人ともちょっと来てくれ」
「はい、なんですかー?」
「どうかなさいましたかお兄様?」
一人は旺盛よく、もう一人は物静かに立ち上がりこちらに歩を進めてきた。
「これだ」
俺は重要事項を綴った内容の紙を一枚テーブルの上に置き二人の前に差し出した。
「ん、一体なんですか?」
葵はそれに顔を近づけ、握りこぶしを顎に乗せ聞いてきたので俺は右手でペンをぐるりと一回転させながら答えた。
「当番表だ」
「当番表……なんのです?」
……お前は本当にこの紙をしっかり見たのか、と心の中で呆れ果てた。
葵の読解力は誰が見ても分かるほどにほぼ皆無らしい。
「書いているだろう、家事当番だ、家事当番。炊事、洗濯、掃除、買い物。……家計管理は俺がするが」
「何故炊事の場所に葵先輩だけがいないんでしょうか?」
牡丹と名の真っ当な人間がこの家にはいるという感謝の気持ちを覚えながら先の質問に答える。
「それはこいつの料理が絶望的に下手くそだからだ」
「な、絶望的!? そんなに言わなくても言いじゃないですか!」
彼女はその丸い顔をお餅のように大きく膨らませ地団駄を踏む。
その行為が一瞬可愛いと思った事だけは誰にも明かさないでおこう。
「俺だって人の作った料理にあれこれ言いたくはないが、お前のアレは扱いが違う。一言で言い表すなら「
何だが自分で言っていて凄く恥ずかしいと感じ体がうずく。
しかし葵はその言葉に心惹かれたのか、今度はその目をキラキラと光り輝かせた。
「ダ、ダークマター……何だかとてもカッコイイ名前です」
「褒めている訳じゃない」
「…………なら私が葵先輩に料理を教えてさしあげましょう」
牡丹はそう言うと、ポケットの中から今つけているヘアピンとは色の違うヘアピンを取り出し髪につけた。
「おい牡丹、正気か?」
「お兄様、今までに私が虚言を吐いた事がありましたか?」
俺はその言葉にあてられ、目を閉じ昔の記憶を捻り出すように思い出す。
「幼い頃、お菓子だったか……パイの種をおっパイの種と言って持ってきた事がある」
「………………では葵先輩、作っていきましょう」
「宜しくお願いします師匠!」
敬礼する葵の手を牡丹は強く引き、逃げるように台所まで急ぎ足で歩いていった。
その後ろ姿を眺めながら俺は少しの満足感に浸るのである。
* * * *
二人が料理を作り終わるまでどうやって暇を潰そうかと悩んでいたら何かが足にあたる。
下を見てみるとまだ少し中身が入っているペットボトルが床に落ちていた。
「あいつ……」
俺はゆっくりとそれを拾い上げ、手に取る。
「……ちょっと濁ってないか」
本当に大丈夫な物なのかと思い、キャップに印刷されてあった消費期限を確認した。
2030年5月25日
……まだ五年近くも余裕があった。
普通こんなに保存が効くのかと眉を顰めて疑惑を抱くが、正直そういう事に関して俺は知識が浅はかなのでよく分からない。
まぁ俺がこれを飲むというわけではないので余り気にすることではないが。
そのままそれをリビングの隅に置かれてある葵のリュックに無理矢理押し込み、ひと仕事終えた感覚になっていると台所から「コーラは三本ずつ入れていいですよね?」というアホみたいな質問が耳に聞こえてきた。
俺は頭を抱えながら深い嘆息をつく。
「いいわけあるかっ!」
* * * *
牡丹に習い葵の作った料理がこちらへと運ばれてきた。
「じゃん、出来ました!」
「まだ料理に不慣れと言うこともあり簡単なものからチャレンジさせてみました」
そう言ってテーブルの上に置かれたのはオムライスだった。黄色と白色の割合が理想通りにマッチングしており受け取ったスプーンでその表面に触れてみると柔らかい弾力で軽く弾き返される。
……しかし問題はそこではない。
この前も言ったように、見た目がよくても中身が悪ければ意味が無い。
要するに重要なのはその味だ。
俺は息を飲みながらそれをスプーンでひとすくいし口の中へと運んだ。
「どうでしょうか?」
不安混じりに声を震わせながら聞く葵に俺は手を止めて答えた。
「……お、美味しい」
「本当ですか!?」
「あぁ……」
彼女はその嬉しさの余り何度も問いただしてきたが…………これは俺の本心だ。
本当に彼女が作ったのかと思わせるほどの完璧な腕前。申し分ない。
「良かったですね葵先輩」
「ありがとうございます師匠っ!」
「これなら当番を任せられる」
「えっへん、任せてくださいっ! 凄いの作ってみせますよっ!」
次の日の朝食、葵はその言葉通りの期待に裏切らず、テーブルの上にとんでもないものを並べてきた。
その名も…………
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