第5話 ゲームは一日二十四時間

 今日はバイトが入っておらず、ゆっくりとリラックスができる日なのに………………休日である。


 普通の学生などは思いっきり自分のやりたい事に勤しめる日なのに。……どうして俺は。


 いや、決して休日が悪い訳ではない。

 正確には、その休日の日の俺を取り巻く環境が悪いのだ。




「師匠、やりますねぇ」


「いえ、葵先輩こそ」


 二人がソファーに座ってゲームをしている。何かレースゲームみたいなものだ。

 手元の細長いリモコンについているボタンを押し、テレビの中に映っているキャラクターを操作する。


 俺はその光景をテーブルから強制的に見せられていた。

 しかも昨夜、牡丹が来てから朝までずっと。

 よく飽きないなとは思ったがそのおかげで二人ともすっかりと仲良くなっていた。


 こちらもおかげ様で睡眠時間がごっそり持っていかれてしまったが……。


「でも今回は私の勝ちみたいですね。ゴールが目前ですよ」


「油断大敵と言う言葉をご存知ないですか?」


「ふ、普段快適……?」


「油断大敵です。その意味は『油断は物事の失敗のもとで、恐ろしい敵であること』と言われています」


「よ、よく分かりません?」


「つまりこういう事です」


 牡丹の操作しているカートが虹色に光って、葵の操作しているカートを派手に吹き飛ばしていった。そしてそのままゴールラインを通過し一位になる。


「あああぁぁぁぁ!! 折角の一位が!!」


 葵は持っていたリモコンを頭上へと高く上げ、驚嘆の声を嘆いた。


「ありがとうございました」


「うぅ……悔しいです」


 肩を竦め、体を震わせ、涙目になりながらこちらの方を向いてくる。

 俺はしかめっ面で顎に手をついたまま声を低くして言う。


「なんだ」


「私と一緒にやりましょう!」


 彼女はリモコンを勢いよく差し出し、熱心に働きかけてくる。


 しかし俺は……


「断る」


 否定の一言しか言い返さなかった。


 その言葉に動揺したのか、彼女は激しく足音をたて、顔を赤くしながらこちらに近づいてくる。


「な、何でですかっ!? 楽しいですよ!」


「……本音は?」


「わ、私だって一回くらい勝ちたいんですっ!」


 ……こいつは俺を見下している。


 最初からそれが分かっていたので余り意欲的ではなかったのだ。それに今は強烈な眠気がまぶたにのしかかり俺の判断力を妨げている。


「勝ちたい、勝ちたい、勝ちたい、勝ちたい」


 すると彼女は子供みたいに駄々をこねながら床を思いっきり飛び跳ねた。その高校生らしからぬ姿に深く、切実に深く呆れ目を瞑る。


「分かった、一回だけだぞ」


「ほんとですか!?」


「あぁ」


 俺はテーブルに手をつきながら、ゆっくりとイスから立ち上がり歩き出した。


「牡丹、それ貸してくれ」


「どうぞお兄様」


 妹が持っていたリモコンを受け取り、俺もソファーへと座る。

 数秒遅れて彼女も俺の横へと腰を下ろした。


 …………痛い目を見してやる。



 しかし勝負の結果は


「…………なんでだ」


 俺の惨敗。接戦どころか相手にもならず惨めに負けてしまった。


「やったー! 私の勝ちです、初勝利です!」


 葵はその嬉しさの余り、持っていたリモコンを遠方へと投げ飛ばしてしまった。


「お兄様、残念です……」


 牡丹が優しく、なだめるような口調で俺の肩に手を落とす。


 それが堪らなく悔しかったので……


「私が本気を出したらこんなものなんですよ」


「では葵先輩、私ともう一度勝負をーー」


「…………ぃだ」


「え、何ですか?」


「もう一回だッッ!!!」


 俺は激しく口調を乱し、手放しかけていたリモコンをもう一度強く握り直した。


「お、まだ私に勝負を挑みますか。望み通り受けてたちましょう!」


 彼女もそれに応えるように胸に手をあて、勢いよく立ち上がった。



 その後何時間、目の前の画面に夢中になっていたのかはもう覚えていない。

 しかしあの時、胸の中で炎のように燃え上がっていた闘争心だけは忘れなかった。

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