第4話 突然の来訪

 眠たい目を擦りながら階段を降りると制服姿の葵が玄関にいた。

 窓のガラス越しから入ってくる光が散乱し、彼女の全身を神々しく見せる。


「制服なんてあったのか」


 俺の声に気づいて彼女がこちらを振り向いた。


「…………はい、リュックの一番下に置いていました」


「ということはーー」


「学校です」


「昨日と一昨日はなかったのか」


「ありましたが、さぼってしまいました」


「……そうか」


 俺はズボンのポケットに手を入れ視線を逸らした。


「……さすがに三日連続行かないとなると、友達が心配すると思うので」


 学校に心配してくれる友達がいるだけ羨ま……いや、断じてそんな事は思っていない。

 自分の感情を否定しながら彼女の方に視線を戻した。


「まぁ、私がいないとみんながダメになってしまいますから……」


「お前が駄目にしているんだろ」


「ち、違いますよ! ……多分」


 そのいきなりの自信のなさにどこか思いあたる節があるんだろうと思い、俺はジト目を向ける。


「で、では行ってきます」


 そして彼女は置いてあったリュックを背負い、半ば逃げるようにしてドアを開け、出ていった。


 勢いよく開かれたドアはその反動でゆっくりと閉まっていき、ガチャンという音をたて閉ざされる。


 何もない静寂が辺りを埋めつくし、今ここに一人だけという気持ちが頭の中を支配するのが嫌になって口を開いた。


「…………バイトに行くか」



 * * * *



 バイト終わりに買い物をし、家に帰り着く頃には空に月が上っていた。周りはインクをぶちまけたみたいに暗くなっており、それがまた一段と月の明るさを強調している。


「ただいま」


 俺はドアを開け、家の中へと入った。


「あ、おかえりなさい」


 出てきたのは葵だった。


 いや、彼女以外に出てくる人なんてこの家には誰もいなーー


「お帰りなさいませ」


 そう言ってリビングのドアからもう一人の少女が出てくる。


 ……この前の違和感の正体はこいつだったか。


 葵と同じ制服姿で、ヘアピンで纏められた髪は肩に届くか届かないかくらいの長さ。

 俺が言うのも何だが、その品のある顔立ちは後ろにある背景全てが引き立て役にしか思えないくらいの美しさだった。


 ……俺の妹、織部牡丹おりべぼたん


 焦る気持ちを抑えながらいつもの表情のまま話しかける。


「牡丹、家に来るなら一度連絡をーー」


「お兄様」


「はい」


 その力強い口調と風格に体がこわばってしまう。


「何故、葵先輩がお兄様の家にいらっしゃるのですか?」


「…………」


 昔から俺は牡丹に逆らえないでいた。妹に説教されるなんて兄としての威厳が全くたたない。


「まさか、そういう目的で家に連れ込んだと言う訳ではないですよね」


「それは違う」


 変な誤解を招いているみたいなのでそこだけはキッパリと否定をした。

 そしてこの二人の繋がりが少々気になり俺はもう一度口を開く。


「牡丹はどうしてこいつといたんだ?」


 妹は一呼吸おいた後、その飾りのような瞼をゆっくりと閉じ答えた。


「今日、廊下を歩いていたら葵先輩が偶然お兄様の話しをしていたのでそのまま後をつけてきました」


 俺はその眼を牡丹の横に向ける。

 すると葵は下手な口笛を吹き、逃げるように俺から視線を逸らした。


「…………そしたら案の定、ここに来てしまったと言う訳です」


 俺は靴を脱ぎ、廊下を急ぎ足で歩きながら牡丹の両肩に手をおき玄関まで押しやる。


「そうか。じゃあ用は済んだよな。タクシー呼んでやるから家に帰ーー」


「私がそんな手に流されるとお思いで?」


 その口調が一段と激しくなり、はやく逃げ出したいという衝動に駆られる。


「両親にはもう許可を頂きました」


「……な、何の許可だ?」


 その概要を恐る恐る息を呑みながら聞いてみた。


「私が監視役という名目でこの家に住んでもいいという許可をです」


「お、親父がそんな許可を!?」


「はい」


 俺は目を大きく見開き、後ずさる。


「なのでこれからは不祥事がないよう私が二人を見張っています」


 その声が落ち着いたものに戻り、それと入れ替わるようにしてずっと黙っていた葵が口を開いた。


「不祥事も何も、この前、私のあんなあられもない姿を見たくせに」


 芝居がかった演技に俺は激しい苛立ちを覚えながら隣を見ると牡丹の目つきが今まで見たことないくらい鋭くなっていた。

 その情景に、背筋に寒気が走るのを感じる。


 牡丹は制服のポケットからスマホを取り出し何かを打ち始めた。


「お父様にご連絡を」


「ち、違う。あの時はバスタオルの上からだ」


 彼女が小芝居を続ける。


「それも、二回に渡って」


「……やはりご連絡をーー」


 牡丹の手からスマホをガシッと奪い取り、上ずった声でそちらを見つめる。


「分かった、ここにいていいから、それだけはやめてくれ!」


 牡丹の表情が少しずつ柔らかくなり、口元が軽く綻んだ。


「宜しくお願い致します、お兄様」



 ゆっくりと会釈する牡丹とニコニコ楽しそうな笑顔をこちらに向ける葵を尻目に大きなため息をつく。


 ……更に慌ただしくなりそうだ。

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