第2話 帰宅の際には


 家に帰り着いた…………二人で。


「どうしてついてくる」


 俺は玄関で靴を脱ぎ終わった後、顔を顰めながらゆっくりと後ろを振り返る。


 そこには先程の少女が俺の後ろをコソコソとつけ、家の中まで入ってきていた。


「あ、あの、秘密を知られてしまったからです」


「そんな事で普通ここまでついてくるか?」


「私にとっては「そんな事」が重要なのです!」


 俺にはよく分からない事だが、少女にとってはそうなのだろう…………。

 しかしこれも俺にとっては大事な事なのでもう一度言わせてくれ。


 …………俺には分からないが。


「そ、それに帰る場所もありませんし……」


 彼女は濡れた虚ろな眼差しで背中を丸める。


 俺はその姿を尻目に頭を非常に悩ませ、そして口を開いた。


「……………………一日だけだ」


「え?」


「だから一日だけなら泊まってもいいと言っている」


 同情と言うわけではないが、このままでは俺が悪者みたいで気分が悪くなる。それに今は一人暮らしなので親は居ないし都合が良かった。


「本当ですか!? ホントのホントの本当にですか!?」


「……しつこい。別に辞めてもいいんだぞ」


「いえ、これから末永く宜しくお願い致します!」


「お前、俺の話しを聞いてたか……」


 ほんの少しだが、彼女と一緒にいて、いくつか分かったことがある。その代表的な例を一つを上げるとしよう。どうしようもなくバカで、アホで、世間知らずだ。


 …………おっと三つも出てしまった。


 そんな俺の心の内を知らずか彼女が両手の指を合わせ口元を綻ばせる。


「そう言えば自己紹介が遅れました。私の名前は葵凪あおいなぎ峰ヶ崎みねがさき高校の三年生です!」


 ……峰ヶ崎高校。


 その単語に少々聞き覚えがある気がする。しかし覚えていないので頭から取り除く事にした。


 自己紹介は苦手なんだが、言われてしまったらこちらも返さないといけない風習みたいなものが俺を支配し、嫌々ながらもそれに続けた。


「……俺は織部宗次。大学二年生だ」


「なんと、大学生さんでしたか! これはびっくりしました」


「…………」


「それなら既成事実が作り放題ですね」


「お前本当に帰らせるぞ」


 葵の悪ふざけに腹が経ち俺はニッコリと薄ら笑いを浮かべ、その中に少々の殺意を紛れ込ませた。


 しかし彼女はそれを意に介さず笑顔で返してくる。


「だから、帰る場所がないって言ってるじゃないですか〜宗次さんは冗談が上手ですね」


 耳が鼓膜を刺激するほどのうるさい高笑い。さっきまでの悲しい顔は一体何だったのかと思いさせられながら、俺は彼女を家に泊めてしまう事を今更ながら後悔した。



 * * * *



「お前飯はどうする」


 バスタオル片手に俺は、もうこの家に馴染んでソファーに座ってテレビを見ている彼女に聞いた。


「うーん、冷蔵庫の中にある物で適当に済ませます」


「この冷蔵庫は俺の家のものだ」


「じゃあそこにあるもので大丈夫です」


 彼女が指差す先にはおにぎり三つがテーブルの上に置かれていた。


(それは今日俺が夜飯用に買ってきたものなのだが……まぁいいだろう)


「分かった、適当に二つ食べてろ」


 そう言って俺はお風呂場へと向かった。




 風呂から上がって、髪をタオルで拭きながら戻ってくるとそれが全部なくなっていた。

 俺は不思議に思いテレビを見ていた葵に聞いてみた。


「おにぎりはどうした?」


 ゆっくりとこちらを振り返る彼女の口元には米粒らしきものがいくつかついていた。


「それなら食べていいとの事だったので全部美味しく頂きましたが、それがどうかしましたか?」


「俺、二つって言ったよな」


「そう言えばそんな気もしてたような、してないような」


 何も言葉が出てこない。俺は彼女に唖然、と言うより落胆した。


「あー、もういい。分かったからお前は風呂に入ってこい」


「では遠慮なく。あ、乙女のお風呂姿に欲情して入ってこないーー」


「いいから早く行け」


「はーい」


 そう言うと彼女は小走りでお風呂場へと向かっていった。



 * * * *



 リビングの部屋の中を掃除機で掃除していたら、開けていたドアの向こうから急ぎ足で歩く足音が聞こえてきた。


「宗次さん、シャンプーが切れてますよ」


 葵に名前を呼ばれ、俺はかけていた掃除機のボタンを一度きりそちらを振り返る。


「それなら、脱衣所の棚に買え置きがって、お、お前何て格好してんだっ!!」


 彼女の余りな格好に声が上ずってしまう。

 その姿はバスタオルを一枚体に巻いているだけで、鎖骨やら太ももなどの部位があらわになっていた。


 余り女子と話さない俺にとっては少々刺激が強すぎる。


「え、家ではこれが普通でしたよ?」


「今は俺がいるんだぞ! もし、その、襲われでもしたら一体どうするんだ!?」


 その無防備な姿に今気づいたのか、彼女は顔を耳まで真っ赤にし小声で言った。


「…………お、お主も悪よのう?」


「違う!」


 興奮していたのか、その訳の分からない回答に全力で否定してしまう。

 すると彼女は両手に握り拳を作り、それを腰へとあて胸を張るポーズをとる。


「だだだ、大丈夫ですよ。そ、そんな事はし、しないってし、信じてますから」


「めちゃくちゃ動揺してんじゃねぇか」


「こ、これは嬉しくなると、ついこういう口調になってしまうんです!」


 彼女は慌てて先の言葉についての補足をする。


「今のどこに嬉しい要素があったんだ……」



 俺は顔を引き攣らせ一歩後ずさると共に、葵を家へと泊めてしまったことをまた後悔した。

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