自販機少女の恩返し
カリカリポテト
第1話 自動販売機には少女がいる
綺麗な満月が浮かぶ夜空。
その暖かな眩しさは約三十八万キロメートル離れた地球を包み込む程までに、ただただ美しかった。
2025年4月1日
普通の平日である。
それは学生にとって学校がある日でもあった。
授業を受け、学友とだべり、部活動などで汗を流す。
それぞれがそこに何かしらの意義を見出し過ごす場所。
しかし俺は違う。
自分のいる理由を見出せず、入学してから僅か二年目して大学を不登校になった。
元々出身高校が工業系という事もあり、就職か進学か、と言う二択を迫られ時に前者が面倒くさいと思ったので流されるまま残りの後者を選んでしまったのが原因の一つでもある。
後悔はないと言ったら嘘になる。
でも誰とも話さない。
自己紹介くらいなら喋った事はあるが、それは悪魔でこちらが自分のプロフィールを明かしただけであって会話ではない。
俺に一方的に話しかけてくる人もいたが、それを全て無視して余り目立たないようにしていた。
そんな意味の無い一年間をだらだらと過ごしてしまった。
時刻は午後八時。
俺はバイト先の書店で本の整理をしていた。
近くでは客がいつものように本を見て回っている。制服を着ている学生やスーツ姿の会社員、杖をついて歩く老婆。
そんな人達を尻目に新しく入荷した本を一冊ずつ棚の中に入れていると
「むねちゅぎゅくん」
「はい、何ですか?」
もう何度目か分からない。
その聞き慣れた言葉を耳にし、俺は後ろを振り返る。
そこには本当に男かと思わせるくらいに、やせ細ったバイト先の先輩がいた。
「このたにゃにあるひょんここじゃにゃいよ」
俺は一瞬でその言葉を理解する。
『この棚にある本ここじゃないよ』
一体どのくらい繰り返しただろうか。自分ではこれをもう一つの特技として認めてもよいのでは? と思い返すと同時に先程の不出来について頭を下げる。
「すいません」
「もういっちゃいにゃんどいっちゃらわかるにょ」
『もう一体何度言ったら分かるの』
「むねちゅぎゅくん」
……昔から黙って聞いていたが俺の名前は
お前こそ一体何度言ったらしっかりと言えるようになる。
っとそんな思いを心の内だけにしまいながら、また頭を下げる。
「次から気をつけます」
「ひょんとしっきゃりしてよね」
『ほんとしっかりしてよね』
先輩はため息をついたあと、肩を落としながらそのままどこかへ行ってしまった。
その後ろ姿を眺めながら俺は小声で呟く。
「ガリガリ野郎が」
ようやくバイトも終わり、いつもの帰り道である路地裏を通る。家の中から漏れ出ている明かりが周りを照らし自分の行く先を示しているように思えた。
俺の右手には、先程スーパーで買った今日の夜飯、おにぎり数個が袋の中に入っている。
しかしその事で何かが引っかかり俺の足を止めた。
「あ、そう言えば飲み物切らしてたんだ」
モヤモヤしていた頭がスッキリする。
しかし問題が解決した訳じゃないので、すぐにどうするかを考えた。
すると、ある場所が頭の中に浮かび上がってくる。
「あそこで何か買っていくか」
止まっていた足を再び動かし、そこへ向かった。
たどり着いたのは家のすぐ近くにある自動販売機。
暗い夜の街中に眩しい光を堂々と発光させ佇んでいる。まるでここが自分の居場所だ、と証明するように。
しかしそれは少し遮られていた。一人の少女によって。
(こんな時間に出歩いているなんて……)
背中には大きなリュックを背負っており、顔はフード付きのパーカーを深く被っていてよく見えない。
(まぁ、俺には関係のないことか)
袋片手に左手をポケットへと入れ、その少女の後ろへと並んだ。
少女はリュックを地面へと置き、手を入れ財布らしき物を取り出す。その中から千円札を一枚、金銭装置の中に入れた。
何を買うだろうかと少しだけの興味を抱きながら見ていると少女の手がゆっくりと動き出し一番上の右端のボタンに触れた。
出てきたのは…………お茶だ。
少女はそれを手に取りリュックへと入れた。
(やっぱりお茶は定番だよな)
自分もいつも家で飲んでいるその飲み物を買っている事に関心を覚えながら、ポケットに入れていた小銭を掴む。
するとガタンとまた飲み物が落ちてくる音が聞こえてきた。
(二本目か……まぁ、よくあることだ)
少しの動揺を抑えながら握っていた拳に力を入れる。
しかし少女はまだそこを動かない。
それどころかその姿勢が獲物を捉えるような前傾姿勢になる…………急に動き出した。
上から順に押されていくボタン。落ちてくる飲み物の数。吸い込まれるようにどんどんと流れる千円札。
その異様な光景に圧倒され、何が起きているのか分からなくなり、体が固まってしまう。
気づいた時には最後の飲み物が少女のリュックへと入る寸前だった。
俺は鼻から肺が破れるくらい空気を取り込み、閉じていた口を大きく開く。
「なっっげーーよっっっッッ!!!」
その声に驚いたのか少女が体をビクッと震わせこちらに振り向いた。
それと同時に被っていたフードが頭からはずれ、そこから亜麻色の長い髪が波のようになびく。
「なっ、何ですかっ!?」
隠れていた顔があらわになった。
一般的な女子の背と相対して、童顔の丸い顔つき、目にかかった髪の毛がそれを更に際立たせている。
…………結構かわいい……じゃなくて。
「長すぎだろ! どんだけ買うんだよ!」
置いてあるリュックはパンパンに膨らみ、飲み物が溢れそうになっていた。
少女は頬を徐々に紅潮してはにかむ。
「わ、私は飲み物が好きなだけであって…………い、
「……家出?」
俺は眉を顰めながら、その言葉を繰り返してしまう。
少女はその顔をより一層赤らめ、力強く否定をする。
「いや、違いますっ、帰る場所がないだけです!」
「更に酷くないか?」
「うっ」
俺がそう口走ると、少女は口ごもりながら項垂れた。
「要するに帰る場所がないと」
「うぅ……そういう事です」
「そうか」
俺は考える……そして
「じゃあな」
これが答えだ。
俺の直感が何か厄介事に巻き込まれると察知したので、その場から離れるように少女に背を向けた。
「えっ、それだけですか!?」
「だって、何だが面倒くさそうだし」
「そ、そんなぁ」
「じゃあ、そういう事で」
会話を途中で無理矢理切り、俺は足早に家へと歩き出した。
「まっ、待って下さい!」
少女はこちらまで走ってきて、俺の肩を強引に掴む。
初めて女の子に触れられた事もあり一瞬ドキッとしたが今はそれよりも早く帰りたいという気持ちの方が強かった。
「何だ、まだ何かあるのか?」
「あなたはここに何をしに来たんですか!」
……別に大した理由もなかったのでそのくらいなら教えてもいいと思い、後ろを振り返る。
「……飲み物を買いに来ただけだが」
少女が一呼吸する。
そして真剣な眼差しでこちらを凝視しながら
「それなら私も一緒に買って行って下さい!」
「は?」
意味が分からない。
「今ならお茶一本サービスしますから!」
理解出来ない。
「さ、三本でどうでしょうか!!」
「……はぁ……あのな」
「えぇいこの野郎十本だ、持ってけ泥棒ー!!!」
「馬鹿馬鹿しい」
俺は軽蔑の一言を吐き捨て、また歩き出した。
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