第8話

 次の日、通りがかったおじさんが読んでいた新聞を横からそっと覗けば、連続殺人事件の犯人が逮捕されたと一面に載っていた。ミヅキの言っていた通り、一連の事件は全て同じ犯人によるものだったらしい。犯人は素直に事情聴取に応じているそうだ。

「あれ、連続殺人だったんだねえ」

「捕まって良かったわ」

 そんな会話を聞きながら、カイは探偵事務所へ向かった。朝一番に電話がかかってきて、来いと言われたからだ。途中、クルミがいるかどうか店を覗いてみると、相変わらずの笑顔で接客をしていた。とりあえず一安心だ。

 やっと事務所に着くと、ミヅキが出迎えてくれた。

「スイさんはいないんですか?」

「もうお仕事行っちゃったよ。で、わざわざ来てもらったのはこれ」

 ミヅキがカイに差し出したのは、白い封筒だった。訝しげに受け取り、中身を確認する。

「お、お金だ……!」

 カイはぎょっとして思わず落としそうになった。欲しい欲しいと思っていた金が、今目の前にあるのだ。これなら、一週間は生活できるとカイは瞬時に計算した。手が震える。

「なんで」

「君のおかげで解決したところもあるからね。当然のことよ。それくらいの働きを、君はしたってこと」

 ミヅキは魅惑的にウインクをした。カイは、久しぶりに働いて手にした金を前に、手放しで喜んだ。

「やったー! これでぬいぐるみが買える! それに、依頼もできるかもしれませんね!」

「それ、どっちもクルミちゃんじゃない?」

「え? それがどうかしたんですか?」

「別れた女のために、そこまで頑張らなくていいんじゃないの? 普通の生活もままならないのに」

 不意に腕を取られ、「こんなに細い腕なんだから」と二の腕を触られた。確かに、以前より確実に体重は減っている。これでは、ガリガリのチビに成り果ててしまう。あるいは、すでに遅いかもしれない。

「一瞬そう思いましたけど、でもやっぱりクルミちゃんの笑う顔が見たいんです。じゃあ、早速クルミちゃんに会ってきます!」

 アディオス、と事務所を後にする。体は疲労していても、心は元気だ。何も問題はなかった。

 店が見えるところまで来た時、峯と出会った。ちょうど、店で食事を終えたところらしい。今日は休日のため、スーツは来ていなかった。しかし、センスのよさそうなジャケットとパンツを着こなす姿は、通行人の目を引いた。

 そのまま会釈だけして通り過ぎようとしたら、呼び止められた。

「昨日は世話になったね」

「いえ! こちらこそありがとうございました!」

 なるべくにこやかに、カイは頭を下げる。そうしないと、顔が強張りそうだった。何でも持っている彼に、嫉妬してしまいそうになる。

「もし良かったら、これから時間あるかな? 少し話がしたいと思ってたんだ。昼がまだなら、奢るし」

 それは、カイにとって非常に魅力的な誘いだった。空腹は、お金でしか救えない。峯がカイにしたい話についても興味があった。

 いつでも会えるクルミか、今現在の空腹を救う食事か。

 ぐらぐらと、天秤が揺れる。

「す、少しなら」

 カイは、ミヅキから貰った白い封筒をポケットにぎゅうと押し込んだ。

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