第2話
それからカイは、三か月前にロケットペンダントをもらった店へ足を運んだ。雨宮探偵事務所から、優に一時間はかかった。理由は徒歩で向かったからだ。最近は歩いてばかりだった。
店の主人は、カイを覚えているらしく、顔を見るなり手を振った。
「こんにちは」
店内には客はいない。ちょうど良いと思って、カイは早速切り出す。
「この、ペンダントなんですけど」
胸にかけたペンダントを持ち上げると、主人はさっと顔色を変えた。
「やはりか」
「やはり?」
カイは身を乗り出して続きを迫った。主人は、難しそうな顔で真っ白の顎髭を撫でる。このせいで、毎年サンタ役として駆り出されるのだそうだ。いっそのこと剃ってしまえばと提案したが、却下された。子供たちに楽しんでもらうのが、何だかんだ言いつつ好きなのだろう。
「前にも二度、変なことが起こると言われて返品されたんだよ」
「変なことですか?」
主人は神妙な顔で頷いた。
「ずっと誰かに付きまとわれている感じがするとか、誰もいないはずの部屋から音が聞こえるとか。お祓いをしてもらったはずなんだが、また駄目だったか」
「確か、もらった時にいわくつきって聞いたと思うんですけど。だから、ただでもらったんでしたよね」
カイが一目惚れをして、どうしても欲しいと主人にせがんだのだ。そもそもそれは、商品ではなく店の飾りとして置かれていたものを、カイが目聡く見つけたのである。
「十年前に死んだ女の子の持ち物だからだよ。モモヨちゃんっていってね。まだ十歳くらいだったか。その後、家を整理した時、妹さんは捨てようとしていたみたいだが、あまりにも高級品だったし勿体ないと思ったもんで、無理を言ってうちで引き取らせてもらうことになった。あの時、やはり捨てさせるべきだったか……」
スイの言っていたことは本当だった。カイは、そう確信した。
「死んだ理由は?」
「殺されたんだよ。たった一人、友人の誕生日パーティーで家を留守にしていた妹さん以外、家族五人が。祖父母と両親と娘二人の、とても仲の良い家族だったんだが……結構な金持ちの家だったから、立派な家に住んでいて近所でも有名でな。どうやら強盗に狙われたんだろうということらしいが……むごいもんだ」
当時の光景を思い出すように、主人は眉間の皺を揉んだ。
「付き合いがあったんですか?」
「ああ。家が近くてな。奥さんがとても良い人で、会うといつも笑顔で挨拶をしてくれていた」
主人の目は、かつての日々を思い出すように遠くを見つめていた。
「犯人は、捕まったんですか?」
「いいや。犯人はまだ捕まっていない。その家は、今では空き家になっていて誰も近づかないよ」
「何でつかまらないんですか? 五人も殺されているのに」
「足跡や、犯人に関わる痕跡が全くなかったらしい。声を聞いたとか、不審者を見たっていう情報もなくてな。事件当時が真夜中ということもあって、なかなか難しいらしい。十年前のことだし、もう捕まらないだろうなんて言われているが」
「そんな」
時が傷を癒すというのは、ある意味では正しいかもしれない。けれど、十年ぽっちで癒されるものだろうか。いや、何年経ったところで、死ぬまで傷が癒されることはないのかもしれない。カイだって、殺されたわけではないけれど、母が死んだときのことを思い出すと、今でも心が痛かった。
「その生き残ったっていう妹さんは、今どうされているんですか?」
「親戚に引き取られたよ。当時六歳くらいだったから、今ちょうどカイくんと同い年くらいか」
カイは、無意識にペンダントを握りしめた。
「返品するかい?」
申し訳なさそうに、眉をハの字にする主人に向かって、カイは首を横に振った。
「いいえ」
「じゃあ、どうしてわざわざ?」
きょとんと、主人は心底不思議な顔をした。てっきり、三度目の返品を承るつもりだったらしい。
「話を聞きたかったんです。どうしても」
ありがとうございましたと頭を下げると、主人は詳しい事情を聞かないまま、にわかに微笑む。「それならよかった」と言ってくれた。
「また何かあれば、おいで」
「はい。じゃあまた」
サンタのような優しい主人と別れた後、カイはこの辺りで一番大きい図書館へ向かった。調べたいことがあったからだ。
新聞をあさっていると、十年前の八月の記事に、それは大きく載っていた。
「一家殺人事件……」
事件が発覚したのは、八月十四日の午前十時頃。友達の誕生日パーティーのため、友人宅へ止まっていた次女が帰ってきた時に発覚。次女を家まで送り届けた友人の母による通報があったのが、その頃だった。その時すでに、死後十時間近く経っていたと見られる。五人とも胸を一、二刺しされていたが、出血は少なく、暴れた跡もなかった。足跡はなく、不審者等の目撃情報はなし。金品は荒らされた形跡があり、金庫の鍵はこじ開けようとした跡があった。いくつかの、ブランド物の指輪やアクセサリーが無くなっており、強盗目的だったと推定される。当時、鍵は開いており、犯人は玄関から出入りをした模様。しかし、普段から施錠はしっかりされており、うっかり開けっ放しだったとは考えにくいと――。
途中で目を閉じて、眉間を揉む。読んでいるだけでも、頭が痛くなった。こういう悲惨な事件は、自分と会ったことのない他人のことであったとしても、どうしたって心が痛むものだ。
カイは、記事を熱心に読み終えると、折りたたんで元の場所へ戻した。
「十年前から何も進んでねーってことか」
警察の捜査は、打ち切りにはなっていないものの、すでに大々的な捜査はされていない。このままでは、永遠に事件解決はされないかもしれない。
カイは肘を付いて思いを馳せる。
やはり、金持ちの家を狙った強盗目的の犯人なのだろうか。念入りに下調べをし、完璧にやり終えたということか。
「むしゃくしゃすんなあ」
うんと伸びをすると、ぐるると腹の虫が鳴る。空はすっかり紫色だ。
ロケットペンダントを開けると、若い頃の両親が微笑んでいる。
カイは、母いわく父に似ているそうだ。会ったこともないその人をよく見てみると、確かに目元や雰囲気は似ている気もする。
父はとても優しく、思いやりのある人だったそうだ。だからカイも、そんな人になってほしいと、母が言っていたことを思い出す。
「うん。そうだよ」
だからこそ、スイやミヅキのような、思いやりのない人になるわけにはいかないのだ。悲しんでいる人を、放っておけるわけがないのだ。
へとへとになって自宅へ戻ると、カイは泥のように眠りに落ちた。
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