死に至る病

翌朝、会社に行くと、また岩倉さんは既に座席にいた。


岩倉さんは少し遠くから通っているというので、紘介のようにぎりぎりに家を出たのでは、間に合わなくなる可能性があるから、早めに家を出ているのかもしれない。


彼女がいるだけで、晴れやかな気分で出勤できるのだから、彼女は彼を絶望から救い出してくれる救世主なのかもしれない。


彼女には、一条さんのような「聖性」は感じなかったが、恋愛対象が女神である必要などどこにもないのだ。


その日も紘介は岩倉さんをランチに誘うのだが、弁当を持ってきたからと、断られてしまう。


彼女が言うには、早く帰れる職場なので、夕飯を作って、残り物を持ってくるというのだが、昨日の紘介とのランチが嫌だったという可能性が全くないとは限らないから、少し戸惑いを覚えた。


仕方なく、一人で食べに行くことにする。


オーストラリア出張まで行った海外プロジェクトのチームは、すでに解散しており、細川課長や佐久間係長との関わりはほとんどなくなっている。


たまに昼休みなどにすれ違っては、立ち話をして日本の愚痴を言う程度のものである。


桐野さんとは相変わらずの仲であるが、最近は少し忙しいようで、あまり飲みに行けてはいない。


その日の午後の仕事も、時折、岩倉さんと仕事の話をすることを除いては、楽しいものではなかった。


そして、一日が終わり寝床に就くと、いつもの異世界に入る。



異世界の中の俺は、魔王をとっくの昔に倒し、全てのジョブを極め、大魔王や裏ボスもことごとく倒し、世界の英雄として慕われた。


学校でも、俺の名前が教えられているし、少し街に繰り出せば、女性たちの黄色い声がやまない。


幾多の美女(一条さん、アレックス、岩倉さんに「似た」女性も含む)と関係を持ったし、巨万の富を得て、一国の王よりも豪華な宮殿に住んでいる。


まさに、現実離れした生活を送っているのだ。これ以上の勝ち組と呼べる人間は、この世界に、いや、現実世界を含めてもいないだろう。


なにせ、何でも俺の思い通りに行くのだから。



8時間の夢の時間から覚め、その「世界一の幸福者」は、会社に向かう。


その日は、何かいつもと違うことが起こるような胸騒ぎがしていた。


オフィスに入って、岩倉さんがいることを確認したことで、昨日と変わらない一日になるだろうと思い、妙な胸騒ぎは杞憂であったと落ち着く。


席に着いて10分ほどしただろうか。

一つ下のフロアの同期が息を荒げて早歩きでこちらにくる。


「有村、大変だ!」


何事があったというのか、よっぽどのことでない限り、驚くまいと思ったが、次の一言を聞いて、耳を疑った。


「桐野さんが、桐野さんが亡くなった」


そんなバカなことがあるか、冗談を言うな、と言いたかったが、彼の目が冗談でないことを語っている。


急いで、階段で一つの下のフロアに向かう。


桐野さんの席の方に行くと、空席の周りに人が数人集まっている。


まだ冷静に状況を把握できるわけではなかったが、どうやら、周りの話を聞く限りだと、自殺であるらしい。


そして、それも会社の会議室で首を吊って亡くなっていたのだという。


ここのところ、忙しくて帰れない日もあったから、奥さんも帰らないことを不審には思っていなかったのだろう。


特に奥さんから会社に連絡があったわけではなかったようで、課長が奥さんに連絡をするのは、とても心の痛むものだったと思われる。


紘介はもとより、周囲で働いていた同僚や上司も、誰一人、彼が追い詰められているとは思っていなかったようだ。


それどころか、彼は仕事では順風満帆であり、命を絶つような理由は何一つ見つけられなかった。


少しして、警察が到着する。

しばらく、紘介たちの行動は制限され、同じフロアの人たちは事情聴取も受けたようである。


警察も、桐野さんは自殺だと断定した。

そして、会議室の遺体を処理ている。


桐野さんの同僚の一人が、桐野さんの机を開けると、遺書らしき文書が出てきた。


何人かが目を通した後、紘介にも回された。

そこには、こう書いてあった。


「悠々たる哉、天壌

遼々たる哉、古今


そう詠った人の動機を、我々は推測でしか語ることができない。

それと同様に、私がなぜこの世を去ったのかを知ることができる人はいない。


私の死を知った人は、憶測で私の心情を語るだろうが、

そんなものに幾何の意味があろうか。


ただ、私には、生きる理由もなければ、

死ぬことを思いとどめるだけの理由もない。


早々にこの世を去る必要もないが、

長々とこの世にいる必要もない。


自分の最期を他人に命令されたり、弄り回されたくないから、自殺するという人もあった。

喘息で苦しみ、人工肺で生存していたところで、自宅の窓から投身自殺を選んだ人もあった。


彼らに比べれば、私の命なんてものは鴻毛よりも軽く、悲しむ人はわずかであるだろう。

両親は既に他界したし、妻も食い扶持があるから私がいなくても困ることはない。


強いて言うなれば、私は子供を持ったことがなかったのが、悔いではある。

子供というものは、少なからず人々の自殺を思いとどまらせているに違いない。


しかし、この絶望を前に、そんな希望も飲み込まれてしまっている。


かつて、この病のことを『死に至る病』と呼んだ人があったが、まさに私を死に至らしめているのだから、現代社会において直接的な死の脅威となる数少ない病の一つだろう。


私の人生に対して無責任な人々は、なぜ死んだのか、生きてれば良いことがある、などと口をそろえて言うだろう。


けれども、私の人生には、実際に良いことがあるのだ。良いことがありながら、なお死を選ぶのである。


だから、生きる希望なんてものは、もはや存在しない。


この命を絶つことで、他の世界に行けるとは思わないが、少なくともここではないところには行くことができる。


思えば、私の人生には何の意味があったというのだろうか。


社会の歯車となるために、学校に行き、会社で働く。


しかし、私一人いなくなったところで、他の誰かがその穴を埋めてくれるのだ。


代替のきかない人間などは、この世には存在しない。


偉人は死ねば、惜しい人をなくしたと嘆かれるだろうが、だからといって、世界に明日がやってくることに変わりはないのだ。


多くの人々が死を選ばないことについて、様々なきれいごとが言われるが、突き詰めれば、死ぬことに対する恐怖が拭えないのだ。

または、死なれて困る人間たちによる洗脳教育の賜物なのだ。


死後の世界は誰も語ることはできないから、そこには楽園があるかもしれないし、まさに無であるかもしれない。

暗闇の中で一歩を進める勇気を持つ人は少ない。


そして、世界の人に先立たれて困るのは、残った人々である。だから、この世界に残ろうと思う人たちにとっては、死とは悪なのだ。


死後の世界が、不幸や裏切りのない世界かはわからないが、この世界が不幸や裏切りの絶えない世界であることは疑いようがない。そして、死後の世界が今よりも幸せだと信じ、痛みをもって、そこに一歩することのできる人だけが、自ら命を絶つことができる。


私のこの選択について、ものを言う人もあるだろうが、残念ながら聞くことはできない。

もしあの世というものが存在していて、そこで再び会えるとしたら直接伝えてほしい。

そうすれば、私もあの世での『先輩』として、あの世の摂理を説明しよう。


この一歩は、幾多の勇者たちが踏み出した一歩だが、私にとってはまだ未知であり、魅力を失わないものである」


自身で言うように、桐野さんの真意を理解することはできない。


冒頭に引いているのは、明治時代の旧制一高の学生、藤村操の遺書「巌頭之感」からのものである。

華厳滝への飛び降り自殺は当時、大きな波紋を呼び、ゲーテの『若きウェルテルの悩み』のウェルテル効果のように、藤村の自殺を真似るものも出てきたという。


「悠々たる哉天壤、遼々たる哉古今、五尺の小躯を以て此大をはからむとす。

ホレーショの哲學竟に何等のオーソリチィーを價するものぞ。

萬有の眞相は唯だ一言にして悉す、曰く、『不可解』。

我この恨を懐いて煩悶、終に死を決するに至る。

既に巌頭に立つに及んで、胸中何等の不安あるなし。

始めて知る、大なる悲觀は大なる樂觀に一致するを」


この書を読む限りでは、藤村の自殺は、哲学的な理由によるものと思われる。

しかし、自殺の直前に女性に手紙を送っていることから、失恋による死とする説もある。

彼の自殺は様々な議論を呼んだが、本当の死因は誰にもわかるものではない。


桐野さんが、一条さんと夜に歩いているのを見た紘介にとっては、恋愛絡みというのも、意外と有り得るのではないかと感じていた。


もし、本当に桐野さんが一条さんに恋心を抱いていたとすれば、その恋には様々な障壁があったのだから。


それにしても、桐野さんは、少し知識をひけらかすところや、不器用なところもあったが、優しく、人間関係を上手くこなしているように見えたし、何より仕事ができるから、紘介の憧れでもあった。


そして、何より、紘介のことを可愛がってくれる数少ない先輩であった。


涙は出なかったが、心の中の喪失感は、古くからの友達を失ったかのようなものがあった。


肩を落としながら、階段で自分のデスクに戻る。


「有村さんと関係の深い方だったんですか」


岩倉さんに話しかけられるのは、本当は嬉しいはずだが、とてもそんな気分になれる状態ではない。


「この会社に入ってから、ずっと可愛がってくれた先輩なんです。よく飲みに行っていたし、一緒にオーストラリアにも行ったんです」


そんな思い出は、今でも鮮明に浮かび上がるし、紘介は桐野さんの遺体を直接見たわけではなかったから、まだどこかで生きていて、会えるような期待すらあった。


1時間後、桐野さんの奥さんは隠し切れないほどの涙を顔一面に流しながら、桐野さんの職場に来たという。


遺書には「妻は困ることがない」と書いていたが、とてもそうには見えなかったという。

経済的に生きていけるということと、精神的な辛さというものが乖離していることは、仕事で活躍しながら絶望を抱えていた桐野さんにも想像できたことだろう。


なんとも自分勝手すぎる行動ではないか。


桐野さんのお通夜は明日行うことになったというが、身内だけで行うというから、紘介は桐野さんの同僚たちと一緒に、供花を送るだけとした。


家に帰る途中、桐野さんと行った居酒屋や、桐野さんと一条さんが歩いているのを見た道路などを見て、桐野さんを思い出さなければならなかった。


家に帰り、オーストラリアでジェームスさんにもらったワインを開ける。


一緒にオーストラリアに行ったころには、とてもこんなことになるとは想像できなかった。

今日の朝まで想像できなかったので、当然のことである。


紘介が、オーストラリアへの旅で絶望から一時的に抜け出せたように、あの旅は、絶望の淵に立つ桐野さんも延命させていたのかもしれない。


彼が何か別の行動を取っていれば、桐野さんが死ぬことはなかったのだろうか。

桐野さんと一条さんが共に離婚し、二人で結婚していれば、こうはならなかったのだろうか。


色々な可能性を探ってみるが、それは、まさに後の祭りであり、的を射た考察であるかもわからない。


こんなときであっても、眠りに入れば、彼は異世界の中にいた。

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