あちこち旅をしてまわっても、自分から逃げることはできない

俺の前には、自分の体の5倍はあるだろう、巨大な魔物がいた。


魔物という表現は適切ではない、目の前にいる敵こそが、その魔物を統べる魔王なのだから。


「よくここまでたどり着いたな、勇者よ。だが、このワシは他の魔物とは違う。貴様の体を八つ裂きにしてくれる」


他の魔物をほぼ一瞬で片づけてきた俺も、さすがに魔王相手ではそうはいかないようだ。


20分の激戦の上に、ようやく魔王にとどめの一撃を加えた。


「ぐわぁぁぁぁぁ!!」


魔王の断末魔の叫びが城内に響き渡る。



とどめを刺したグッドタイミングというべきか、エンディング直前のバッドタイミングというべきか、紘介はここで目を覚ましてしまった。


今日はいよいよ、オーストラリア訪問の最終日である。

最終日にしてやっと、朝食には果物も追加された。


高須賀さんの案内で、午前中のうちに2社の訪問を終えてしまう。

これで最後だと思うと気が楽だったが、そもそも、一番負担が大きいのはいつも桐野さんだったので、我ながら不公平な気がしてならなかった。


昼食はシーフードレストランで、牡蠣とフィッシュアンドチップスを味わった。


フィッシュアンドチップスの魚はバラマンディーというオーストラリアの魚のようで、桐野さんも食べたことがなかったという。


食後、国際便はチェックインが早いからと言って、そのまま高須賀さんが空港まで送ってくれた。


いつもどおり、細川課長の挨拶で高須賀さんとお別れし、出国を済ませて搭乗時間を待つ。


昨日の夕方ぐらいしかお土産を選ぶ時間もなかったので、紘介はお土産屋を歩き回るだけで搭乗時間を迎えてしまった。


友達に配るように、コアラがついたクリップを買い、また自分へのお土産としてカモノハシのキーホルダーを買った。


紘介は動物に詳しいわけではないが、前に付き合っていた彼女がカモノハシを好きだったので、少しばかり覚えていた。


カモノハシはオーストラリアにだけ生息する動物だが、ビーバーのような体に、カモのようなクチバシを持っている。おまけに、爪には毒もある。


時のニューサウスウェールズ州総督が英国にこの動物の毛皮やスケッチを送ったとき、これは本物の動物ではないと信じられたほどに、特徴的な動物である。


日本の動物園や水族館では見ることができないから、オーストラリアにいる間に機会があればと思ったが、結局、動物園や水族館にはいかなかった。


1996年に東京都が予定していた世界都市博覧会の開催に当たって、東京都は友好都市のニューサウスウェールズ州政府と調整し、カモノハシを日本に送ってもらうことになった。


しかし、カモノハシは希少な動物で、飼育も難しいため、その計画は頓挫してしまった。

もっとも、その都市博自体が、知事の交代によって中止となってしまったわけだが。


佐久間係長はカンガルーの毛皮を買っていた。一体何に使うというのだろうか。


カンガルーの睾丸袋から作られたポーチというのも売っていたようだが、さすがにそれは使い道がないと考えたらしい。


時間になり、飛行機に乗り込む。


これで、当分の間、オーストラリアに来ることはないだろう。

アレックスと会うことも、おそらく二度とない。


一週間ではあったが、紘介は少し愛着を感じていた。

何より、来週からまた今までの日常に戻るという実感がなかった。


飛行機の中で、「Can I have apple juice?」と添乗員に答えてみるが、行く前よりは英語が少し流暢になっているように思える。


それほど発言の機会があったわけではなかったが、英語での商談に同席しているだけで、何となく力がついたようだ。


シドニーで乗り継ぎをして、翌朝早くには日本に到着した。


日本はまだ暑い時期だった。何より、湿気があるのがつらく感じた。


季節が正反対だったが、一番温かいケアンズに最後に行ったから、そこまで体に負担はなかった。


明日は一日体を休め、明後日からまたいつも通り会社に出勤することになる。


非日常から戻ってきてしまい、また絶望の日々が始まるのかと、まだ旅の余韻が残る中で一つため息をついた。

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