人間は自然の一部である
シドニー中心部に戻り、兼松さんの車から降りる。
今日の仕事はこれで終わりで、少し観光をするという。
降りた場所から少し歩き、伝統的な建物の中に入る。
「ここは、クイーン・ビクトリア・ビルディングと呼ばれる建物で、中はデパートになっています。ここのカフェで少し休んでいきましょう」
建物の中には、店舗が並んでおり、名前を知っているだけで、手の届かないような高級店も多い。
エスカレーターで2階に上がり、目当ての店に入る。
メニューには、数十種類の紅茶の名前が並んでいるが、どれがどうだかわからず、適当に注文してみる。
隣には、いかにも貴族が食べているような、三段の皿にお菓子がもられているもの(「ハイ・ティー」というらしい)を食べている日本人のカップルがいる。
上2段にはマカロンのようなお菓子、下段にはサンドイッチが綺麗に並べられており、いかにもSNS映えしそうなものだ。
上品な紅茶を味わいながら、一休みをする。
「この突き抜けられるので、用がなくても中を通っていく人も多いんですよ。地下は、地下鉄まで直結で続いています」
「シドニーといえば、オペラハウスのイメージしかありませんでしたが、昨日のカスタムズハウスや、このデパートなど、結構、歴史的な建造物も多いんですね」
「それほど数が多いわけではないですが、歴史的に面白い建物がありますよ。後でご案内します。」
「兼松さんは、どうしてシドニーに住んでいるんですか」
紘介は素朴な質問を投げてみる。
「高校を卒業して、日本の大学ではつまらないと思ったんで、オーストラリアに語学留学に来たんです。その後、シドニーの大学に入りました。そこで同級生だったオーストラリア人の女性と結婚することになり、今日までシドニーで一緒に住んでいます」
「最初は、不安とかなかったんですか」
「そりゃ、不安もありましたよ。なにせ、私が来た頃は今よりも情報が少なかったし、アジア人に対する意識も良くなかった。でも、若かったから怖くなかったんでしょう。そして、シドニーを少し離れれば綺麗な海があるものですが、辛いときは海に行っていました。サーフィンをするわけでもないですが、海を見ていると落ち着くんです」
海は、都市を構成する重要な要素の一つである。海運が盛んになると、海からどれだけ簡単に物を運び込めるかということが求められてくる。
そのため、大都市の多くは海を持っているが、このオーストラリアはそれが顕著で、シドニー、メルボルン、ブリスベン、パース、ケアンズ、アデレードなどの都市は全て海を持っている。
内陸部の「恐るべき空白」に対する恐怖もあったし、そもそもが海を渡って英国から来た流刑者の集まりであったから、当然のことだろう。
だが、それに加えて、オーストラリア人の海好きというのもある。
彼らの多くにとって、海とは生活に密接してものであるに違いない。
オーストラリア人は捕鯨問題に敏感で、一部の過激派は、捕鯨反対のため、オーストラリアの日本人墓地を破壊したこともある。
海好きのサーファーたちは、毎年、数人はサメに食べられているが、それでもサーフィンを続けている。
海にサメ除けネットを張るという議論が出たときに、そのネットがサメ以外の海洋生物も殺してしまうから、反対する、という国である。
一方で、オーストラリアの北東部に広がる、世界最大のサンゴ礁であるグレート・バリア・リーフでは、気候変動により、サンゴが死滅しつつあるという。
そのため、オーストラリアの人々は気候変動に対する意識も高いが、彼らはごみを捨てるときは、「リサイクル」か「埋め立て」かであり、広大な土地に大量のごみを埋め立てている。
この埋め立てのための土壌汚染は、環境問題として無視できるものではない。
また、オセアニアの島々では、気候変動の影響を強く受ける。
実際には、気候変動が直接の理由でもないようだが、いずれ沈んでしまう島国として、ツバルは世界的に知られている。
海に沈んでしまえば、当然、ツバルの人たちはそこで生活することができないので、他の国に難民として移らなければならない。
こうした「温暖化難民」は、ニュージーランドが受け入れてくれることになっているが、オーストラリアはツバル政府からの受入れ要請には応じていない。
一見、難民受入れに積極的に見えるオーストラリアも、受け入れた難民を劣悪な施設に収容するなど、人権問題で批判をされている。
また、鯨やイルカに対する意識は高くても、その他の動物にも慈悲的であるわけではない。
国の象徴でありながらも、増えすぎた害獣であるカンガルーは、年間100万頭以上、間引かれているのである。
オーストラリアの田舎道を車で走っていると、カンガルーの死体が無慈悲に転がっていることが多い。
夜間に、車の光に向かって跳んでくるためでもあるが、そんなひき殺されたカンガルーたちは、交通の障害として除去すべきものではあっても、救護すべきものではないらしい。
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