ビールの中には自由がある
オペラハウスの周りを歩き、その白さを堪能した後、海辺に沿って駅の方に戻る。
そのまま、駅の下をくぐり抜けると、伝統的な建築様式の建物があった。
「これがカスタムズハウス、要は、昔の税関の建物です。船で輸入されてきたものに対して、ここで税をかけていたんです」
続けて、兼松さんは案内する。
「この下を見てください。これがシドニー中心部の街並みです」
建物の中に入り、床を見ると、透明な床の先に巨大な建築模型が見える。
それは、間違いなく一つの街だった。
「これが先ほどのオペラハウスですから、我々は今、この辺りにいます」
「このカスタムズハウスは、税関が他に移ってからは利活用のため、図書館として使われています。二、三階に行けば本が読めますし、この一階にも各国の新聞があります。そこのソファに座って気軽に読めます。日本の新聞だってありますよ」
快適そうなソファに座って、3人のオーストラリア人らしき人たちが新聞を読んでいる。
「このカスタムズハウスから、オペラハウスを見ようとすると、このサーキュラーキー駅が邪魔になって見えないんです。だから、この駅を地中化しようという話もある。全く進んではいませんけどね」
たしかに、オペラハウスに面した方にはサーキュラーキー駅がそびえ立ち、その上には高速道路らしき道路もある。
でも、だからこそ、電車でこの駅に着いたときには、電車からオペラハウスやハーバーブリッジを見渡せるという、非日常感を経験することができたのだから、一概にどちらが良いのかはわからない。
兼松さんに付いて、サーキュラーキーの辺りを回っていく。
サーキュラーキーとは、英語で「丸い埠頭」の意味だから、まさに「回る」という表現は適切であるかもしれない。
現代アート美術館と呼ばれる美術館の中を通り抜けて、この埠頭から遠ざかると、古い町並みが並んでいた。
建物は古めのものだが、中に入っている店舗には新しさを感じる。
「ここがロックスと言われるエリアです。シドニーに流刑された英国人たちは、ここを開拓していったので、古い建物が並んでいます。オーストラリアは比較的歴史の浅い国ですので、こうした歴史的建造物を、ヘリテージと呼んで、保存しているのです」
兼松さんは、少し坂を登ったところにある年季の入ったパブに連れて行ってくれた。
「そろそろお腹も空いたと思いますので、ここで昼食を取りましょう」
食べ物は兼松さんが選んでくれた。
「今日は、仕事のアポはないから、ビールを飲んでもいいぞ」
細川課長のお許しが出たので、一同、遠慮なくビールを飲むこととした。
カウンターに行ってビールを注文するのだが、ビールの種類がたくさんあって、何を選んで良いのかわからない。
仕方がないので、それぞれ別の種類を選んで飲むこととした。
紘介が選んだのは、赤い色をバックに、馬が描いてあるロゴのビールだ。
「乾杯!」
食べ物が来ないが、先に始めてしまう。
ビールを一口飲んで、その味に驚く。日本のビールと比べると、濃いように感じる。
「これはペールエールだから、日本のビールとはちょっと違いますね」
桐野さんが言う。「ペールエール」が何だかはわからないが、どうやらやはり少し違うものらしいということはわかった。
そして、苦味に驚いたものの、数口飲んでみると、悪くない味である。
「最近は、日本でもペールエールのクラフトビールを見かけることもありますね。インディアン・ペールエールなんてのが、特に苦味がきいていて、私は好きですね」
お酒通との噂がある佐久間係長が語った。
「日本では、飲み会といえば居酒屋ですが、オーストラリアでは気軽な飲みではパブに行きますね。そして、パブでは食べ物なしにひたすらビールを飲むことも多いです」
「やはり、その辺は英国と同じなんですね」
英国派の桐野さんが言う。
しばらくして、料理が運ばれてきた。
フィッシュ&チップスと、ピザ、フライドポテトだった。すかさず、兼松さんが解説をしてくれる。
「このピザを見てください。左右で少し違っていますよね。このピザの名前はcoat of arms。つまり、紋章です。オーストラリアの国章には、カンガルーとエミューが描かれています。カンガルーも、エミューも前にしか進まないので、オーストラリアは前進しかしない、ということです。そして、このピザは半分がカンガルーの肉、もう半分がエミューの肉です」
カンガルーの肉を食べるなんてことは全く想像していなかった。
そして、エミューがどんな動物かもイメージがわかない。鳥であるらしいのだが、ダチョウとの違いがわからない。
カンガルーの肉の方から食べ始めるが、味付けをしてあるので、あまり肉の味はわからない。
兼松さんによると、カンガルーの肉は硬いらしく、あまり食べるのに適さないのだとか。でも、スーパーでも手に入る代物らしい。
また、エミューも何の変哲もない鶏肉にしか思えない。
兼松さんの解説がなかったら、普通のピザとして食べてしまっていただろう。
「このフィッシュ&チップスは、美味しいですね。ロンドンのは、油っぽすぎてよく胃もたれしていたのですが、これなら大丈夫そうです」
桐野さんが言うと、兼松さんは、
「シドニーの料理は基本的には美味しいものばかりですよ。値段が高いのがネックですがね」
確かに、シドニーの物価はかなり高く感じられた。ここに来る途中で見た水のペットボトル一つの値段は5ドル。約400円だ。
「日本でよくあるチェーンの定食屋が、シドニーにも店舗を出しているんです。味が日本と変わらないので、私もよく行くのですが、値段はだいたい日本の2倍から3倍しますね」
紘介も入ったことのある聞き慣れた定食チェーンの店だったが、その定食がシドニーでは1500円以上するのだという。
「私が大昔に来た時は、オーストラリアの物価は安かった印象があるんですけどね」
細川課長は20年以上前に来たことがあるらしい。
「人件費も高いですし、物価はどんどん上がっています。顕著な例が、不動産ですかね。日本では、数年住んでいれば家賃が下がることもありますが、ここでは毎年家賃が上がりますよ」
これから1週間の滞在費用が思いやられる。
一通り料理を食べ終わった頃にはビールは3杯目に入っていた。
苦味のあるペールエールにも、もう慣れてしまっていた。
少し休んでから、タクシーに乗ってホテルに帰った。
ホテルのチェックイン時間が始まっていたので、チェックインをして、それぞれ部屋に入る。
夕飯の待ち合わせ時間だけ決めて、あとは自由だったので、紘介はシャワーだけ浴びてすぐに昼寝をしてしまった。
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