桃より白し

シドニーに到着し、入国手続きなどを終えると、8時を過ぎていた。


飛行機で十分に休めたわけではなかったが、新たな1日の始まりである。


到着ゲートで、現地案内を頼んでいる人と待ち合わせている。


社名の書いたプラカードを抱えたおじさんに話しかける。


「お待ちしておりました、兼松です」


兼松さんは20代の頃にオーストラリアに移住し、25年ほど住んでいるとのことだ。


激しい日差しのせいだろうが、普通の日本人より肌が焼けている。


兼松さんに連れられて、用意してあった車に荷物を運び込む。


キングフォード・スミス国際空港のエスカレーターを下っていくと、直結の駅があるが、車でホテルまで連れて行ってくれるという。


車の中で、兼松さんがオーストラリアについて語ってくれる。


オーストラリアは世界最小の大陸であるが、それは「大陸」の定義が「グリーンランドよりも大きいもの」だからとのことで、グリーンランドとオーストラリアの間に境界が引かれているのだとか。


シドニーは岩地であり、初期の流刑者たちは、岩を切り開いて開拓して行った。そのため、それらの地域は「ロックス」と呼ばれている…などなど。


眠気のためもあって、半分も頭に入らなかった。


20分ほど車を走らせて、ホテルに着く。


チェックインには少し早いということで、荷物だけ預けて、兼松さんの案内で街中に繰り出すこととした。


今はオーストラリアでは冬で、コートを着ている人も目立つ。


紘介はコートを持ってこなかったので、持ってきた服を重ね合わせて外に出る。


市内中心部は、車では身動きが取りにくいため、公共交通機関で移動することとした。


兼松さんがカードを配る。


「こちらでの交通ICカードは、このオパールカードを使ってください」


渡されたオパールカードを、改札でタップし、ホームに向かう。


その駅はシドニーの中心駅だとのことで、なんと17にも渡るホームの数がある。


「よく、海外の電車は時間がルーズだなんて言うでしょう。でも、シドニーの電車は極めて正確ですよ。しかも、アプリを使えば電車がどこにいるのかがすぐにわかるようになっている」


兼松さんの説明にうなずいていると、桐野さんは言う。


「だいたい、普通の日本人の、日本のイメージなんて、あまり信用ならないですよね。笑い話ですが、日本人は日本に四季があることを誇るというのです。四季なんて、このシドニーを含めて多くの都市にあるし、そもそも、日本の気候は四季ではなくて、四季と梅雨、つまり雨季の5つがあるのに、外に出ないとそんなことにも気がつけない」


相変わらず、エリート意識の入った発言だが、なるほどそのとおりかとも納得できる。


「日本人はよくアメリカなどの強国以外の外国を見下してしまいますが、このシドニーのシステムからも学ぶことはたくさんありますよ」


兼松さんはそう言って、説明を続ける。


改札を出た後、一時間以内に改札内に戻ると料金が元の料金に合算されること、ピーク時とオフピーク時で料金を変えて、交通需要を操作していること、そして、日曜日は上限額が決められており、それ以上に料金を取られることがないということ。


確かに日本とは少しシステムが異なるようだ。


とはいえ、交通業界にいない彼にとっては、そんなことはどうでもいいただのうんちくにすぎなかった。


しばらく電車に乗っていると、海が見えてきた。大きな橋も見える。


「あれがハーバーブリッジです。そして、もうすぐ見えてきます。あれ、あれがかの有名なオペラハウスですよ」


そこには、シドニーの代表的なランドマークであるオペラハウスとハーバーブリッジが並んでいた。


電車を降りて、駅を出ると、たくさんの歩行者の後ろに太陽の光をきらびやかに反射した海が見える。


どこか潮の香りもするようだ。


そして、遠くにオペラハウスの真っ白な外観が見える。


その真っ白な巨大建築物に向かって、足を進める。


隣には海があり、何艘ものフェリーが出ている。


だいぶ近くまできても、まだ歩かなければならないようだ。


遠くからでは意識しなかったが、オペラハウスの白い屋根に触れるには、階段を上らなければならない。


兼松さんによれば、バリアフリー化のため、この階段を併設してエスカレーターをつけるというアイディアもあったようだが、実現していない。


ただ、内部から行くと、階段を上らないで済む、バリアフリーなルートもあるようだ。


階段を上り、オペラハウスの白い肌に触れてみる。


遠くからではわからなかったが、それは白いタイルを合わせたもので、タイルの均一的な切れ目が走っている。


階段を上ったので、そこは少し高台になっていて、シドニー湾を見下ろせる。


ハーバーブリッジも背景として綺麗に見ることができる。


この余りにも独創的なシドニーのシンボル、オペラハウスは、オーストラリア人の手によって設計されたわけではない。


まだ無名だったデンマーク出身の建築家の作品である。


しかし、その建築家は建設費の高騰などの理由でオーストラリア側の施工主と対立し、その完成した姿を、このシドニーの地で眺めることはなかった。


オーストラリアの真っ青な海に、この白はよく似合う。


この建築物がなかったら、シドニーを知らなかった人すらいるだろう。


天空から青さを剥ぎ取る白い鉤爪のようなシャープな様相は、訪問者の心も切り取って離さない。


「シドニーでは、ほとんどの日が晴天ですね。だからこそ、この真っ白な建造物は、空と海の青によく映えるんです」


兼松さんは言った。

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