あるのはただ前進してゆく力だけだ

いよいよ、紘介がオーストラリアに行く日があと3日に迫った。


久々の海外なので、何を持っていけば良いのかあまりわからない。


取り敢えず、パスポートと衣服、常備薬、お金があれば何とかなるだろうとは思っていた。


あとは現地調達で良いだろう。


衣服は現地で買えるかもしれないが、オーストラリア人のサイズが、自分に合うとも思えない。


現地では視察や商談をすることになっているから、お土産も持っていかなければならない。


これは、会社が買ってくれるものだが、当然、持っていくのは自分達だ。


菓子折りをスーツケースの中に3、4箱詰めるのはそれなりに場所を取る。


オーストラリアがどんな土地かはわからないので、一応、観光ガイドブックも持っていく。


飛行機の乗り方ももはやあまり思い出せない。


たしか、eチケットをカウンターに持っていけば良かったのだが、そのカウンターがどこにあるのかもわかっていない。


幸い、空港内で待ち合わせてからカウンターに行くので、そこは桐野さんがやってくれるだろう。


彼は訪問団では一番の年下であったが、面倒ごとは全て、他の人がやってくれると思っていた。


出発の日が来るのは、とても早く感じた。

出発前に片付けなければならない仕事が多く、それらが時間を忘れさせてくれた。


いつもより一時間早く起きて、家を出る。


空港までの電車の風景はいつもの電車とは異なり、スーツケースを持った外国人が多い。


空港に着くと、そこにはすでに桐野さんと佐久間係長がいた。間も無くして、細川課長も合流した。どうやら、同じ電車に乗っていたようだ。


紘介の予想通り、チェックインなどの面倒なことは全て桐野さんに着いて行くだけで何とかなってしまった。


出国手続きの後、搭乗までは各自で過ごすことになった。


紘介は適当にお土産売り場を見歩く。横には全く縁のないような高級ブランド店が立ち並んでいる。


空港は金持ちのステータスを見せつけられる場所だろう。


金持ちならば、こうしたブランド店を見て、あるいはランクの高い空港ラウンジで過ごして時間を潰すかもしれない。


お土産物屋を見飽きて、搭乗ゲートの近くで座って時間を潰す。

まだ誰も来ていないようだ。


搭乗ゲートオープンのアナウンスがかかってようやく、他の3人が現れた。


桐野さんはどうやらラウンジで時間を潰していたらしい。


桐野さんによると、ビジネスクラスでなくても、クレジットカードで入れるラウンジがあるので、そこで時間を潰せるようだ。


他の2人も知っていたので、常識なのかもしれないが、あまり空港に来ない紘介は知らなかった。


飛行機に搭乗する。それぞれ空の旅でストレスがないようにと、わざと座席は分散させてある。


いくら飲みに行く仲の桐野さんとでも、隣の席で眠るのははばかられた。


日系の航空会社でなかったため、覚悟していたが、機内食は聞いていたほど不味いものではなかった。


ただ、サラダには見たことのない赤い野菜が入っていて、食べることができなかった。


後で聞いたところだと、それはビーツという野菜のようで、日本ではあまり見かけないが、それなりに有名な野菜とのことだ。


ロシア料理のボルシチの赤さが、このビーツの赤に由来しているという。


もっとも、紘介はボルシチも食べたことはなかったので、それを聞いたところで、大してイメージも湧かなかったのだが。


日系の航空会社との違いはもう少しあるようだった。

これは、飛行機経験の少ない紘介は大して気にならなかったのだが、国際派の桐野さん以外の他の同行者には少し気になったようだ。


まず、キャビンアテンダントに男性が少なくない。

客室乗務員を「スチュワーデス」と呼んでいた時代は過ぎ去ったが、未だに日本ではキャビンアテンダントが女性という考えが頭にすり込まれている。


その点、オーストラリアでは性平等が進んでいると言えるだろう。


まあ、これは紘介も何となく感じられたことだったが、機内の安全ビデオのセンスが日本とは異なる。


日系航空会社の安全ビデオが、シンプルなスマートさを狙ったものであるならば、この航空会社では、よりカラフルで人々の楽しむ風景が描かれていた。


安全度の向上という点でどちらが適切かはわからないが、少なくとも、こちらの方が楽しく見れた。


オーストラリアまでの空の旅はおよそ9時間。紘介はしばし眠りにつくことにした。

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