流れ進むのはわれわれであって、 時ではない。
翌朝、紘介は眠気に耐えながらも、いつも通り、何事もなかったかのように通勤をする。
会社に着くと、また例の国際プロジェクトの会議だった。
隣は桐野さんだが、当然、昨日のことは言えない。
会議中、桐野さんが手で口元を覆いながらあくびをしている。
昨日はあの後、お楽しみだったのだろうか。
一々勘ぐってしまう。
その日の会議では、プロジェクトチームのメンバーが市場調査のため、海外に出張に行くことが決まった。
紘介は桐野さん、課長の細川さんと、係長の佐久間さんと4人で1週間、オーストラリアに行くことになった。
善は急げというのか、2週間後に出発するとのことだった。
紘介はオーストラリアに行ったことがなかった。
彼が行った海外というのは、大学の卒業旅行で行った台湾ぐらいのものである。
不慣れで心配ではあったが、国際派で、仲の良い桐野さんが一緒だというので一安心だ。
そして、彼が海外出張に出ている間、桐野さんも一緒なので、出張中に桐野さんが一条さんと関係を深めることはないだろう、というのも彼の心を落ち着かせるものだった。
オーストラリアはどんな土地なんだろう。
赤道を挟んで日本の正反対にある土地。
赤く広大な大地。
青々とした海。
金髪の白人。
コアラやカンガルー。
これぐらいしか頭に浮かばない。
一方の桐野さんは、
「オーストラリア英語は訛りが強いから困ったもんだね」
と、相変わらずすかしている。
デスクに戻って、入江係長に今日の会議の報告をする。
彼が海外出張をするという話は、どうやら事前に聞いていたようだった。
俗に言う根回しというやつだろう。
後から文句を言われては困るので、ある程度の役職の人に先に情報を伝えておくのだ。
「1週間もいなくなるのは困ったもんだが、せっかくの機会だ、楽しんでこい」
もう少し嫌味を言う上司もいるだろうが、入江係長はそんな人ではない。
この会社にはいきなりキレる人も、心の狭い人も少ないように感じる。
そのため、少し居心地が良く、それが、彼がずっとこの会社でのうのうと働いている理由の一つだった。
「お土産は、パパイヤのクリームにしてね。ハリウッド女優も御用達ってテレビでやってたのよ」
隣の席のおばさん、山内さんが言う。
桐野さんからメールが入った。
「有村様
先程はお疲れ様でした。
オーストラリアに行くことになるとは、想定外でしたね。
実は、うちの部署に前職でオーストラリアに赴任していた人がいるので、今夜飲みにでも行って話を聞こうと思っています。
有村君もいっしょにどうですか?
桐野」
紘介はすぐに快諾する。
幸か不幸か、いや、おそらくこれは不幸なのだろうが、彼は大半の日に予定がない。
毎日予定に終われれば、不幸せなんて思いは頭から抜けてしまうが、一人で暇な時間を過ごすから辛いのだ。
象とネズミが体感している時間は違うものかもしれない。
人間には平等に時間が与えられているように思えるが、実は、時間の感覚というのは人によって全く異なるに違いない。
彼は休日は漫画やアニメ、テレビ番組、ネットサーフィンでむりやり時を消費しているが、時間が足りないと感じる人も多い。
しかし、時間は金で買うことはできない。
金持ちは、普通の人がやる家事に時間を費やさなくていいから、幾分かは時間を買っているようにも捉えられる。
だが、貧しい人にいくらお金を払っても、彼の時間を買って、自分の時間にすることはできない。
紘介はむしろ時間を売ってしまいたい、あるいは時間泥棒に取られてもいいので銀行に預けてしまいたい思いだったが、そうにもいかないのである。
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