不滅とは未来のない観念である
紘介は夢の中で、魔王軍の四天王を倒していた。
彼はときどきあの夢の続きを見ていたが、どうもこの「リアルな」異世界の夢は30歳になっても続くらしい。
王宮で選りすぐりの美女の仲間たちを作り、傷一つ付けられることなく、魔物たちを強大な呪文で撃破して行っていた。
弱いものを撃破していく爽快感に加え、美女パーティーのモテモテ主人公であることも大変面白く、そして、それがリアルな体験のように記憶に残るので、この夢を見られたことに感謝している。
しかし、目覚ましが鳴ると布団を離れなければならない。
いくら幸福な夢でも、いつまでもその中にいてはいけない気がしていた。
…というよりも、ずっと眠っていることは不可能だと思っていたし、現実世界で腹を満たさない限りは、この夢を見続けることもできないと信じていた。
この日、紘介を起こしたのは、いつもの彼の携帯電話ではなく、灼熱のような暑さだった。
テレビではこの日、東京はやっと梅雨明けをしたと言っていた。
いつもと同じ通勤の道がまるで異なる世界のように暑く、辛い。歩いているだけでも汗が止まらなくなる。
昨日とは表情の違う太陽が照りつけている。
太陽が眩しかったから人を殺した、と言った小説があったが、今日の日の太陽はそれ自体が人を殺しそうな感じさえある。
天文学者たちによれば、地球は約75億年後に確実に滅びるという。
太陽が膨張を続け、地球が太陽に飲み込まれてしまうからだ。
しかし、それは地球の寿命であって、僕たち人間はそれ以前にとっくに死滅しているはずだ。
何によって滅ぼされるかはわからないが、例え、恐竜を絶滅させたような隕石が降らなくても、人間は太陽によって殺される。
太陽は今の人間を産んだものでもあるが、同時に死滅させるものでもある、まさに神的なものだ。
地下鉄では冷房が効いているが、いささか力不足で、朝の満員電車では汗を抑えることができない。
小さい携帯電話一つで世界とつながれるこの時代に、隣の人との距離を保つこともできない不自由な世界だ。
会社に着くが、満足に冷房が回っていない。
節電のために経理がうるさいというのだが、それで生産性が落ちては、元も子もないだろう。
今日のような日は、紘介は外回りの営業でなくて良かったと思う。
こんな炎天下の中、真昼間にスーツを着て出歩くなど、正気の沙汰ではない。
日本社会の理不尽さの最たるものの一つだろう。
最近では、クールビズも流行るようになって、お役所ではみんな上着なんか着ていない。
上着を着ても、ネクタイはしめないでおくのだが、どうもこれは欧米人には奇異なものに見えるらしい。
ネクタイを取るよりも先に、ジャケットを取るだろう、と。確かにそれももっともだ。
しかも、日本のビジネスマンは黒ゴキブリのように真っ黒なスーツが好きだ。
一番無難ではあるが、何も面白みも洒落っ気もなく、まさに出る杭にならないように育てられた日本人らしい特徴だろう。
そのくせ、スーツの着こなしが上手いわけではなく、酷いのではしわくちゃだったり、サイズが合っていなかったり、靴下が短くてすね毛が見えていたりすることも多い。
若手は無難なストライプのネクタイを使うのだが、これも、英国のレジメンタルタイのような、ビジネスに不向きのものが多い。
もっとも、多くの場合はアメリカ風のストライプか、英国風のストライプかも知らないで着けている。
…なんてのは桐野さんが言っていたことだが、純ジャパである紘介が見てもあまりに着こなしが雑なビジネスマンが多い。
これなら、夏場はポロシャツかかりゆしで良いのではないか。
会社でそんな提案をする気もないが、彼は影ではそんな主張をしている。
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