想像できることは、全て現実なのだ
目がさめると、紘介は知らない世界にいた。
「おお、勇者様が現れなさった!」
何やら、ここは王宮のようで、目の前には王様らしき人と、民衆が集まっていた。
王様らしき人が言う。
「ここは、ワーデロースブルク。わしは国王のドム3世じゃ」
隣に、姫のような人もいる。麗香によく似ている。いや、瓜二つと言っていい。
「勇者様、どうかこの世界をお救いください。私たちは魔王を倒してもらうため、あなた様をこの世界に召喚したのです」
なるほど、よくありがちな展開だ。
「私は能力鑑定士です。失礼ではございますが、あなた様の能力を計らせていただきます」
頭から服を覆った怪しげなおじさんが言う。
「さあ、勇者様、手を出してくださいませ」
俺は、姫に言われるがままに手を出してみると…
「うわ、なんだこの光は?!」
手から光が溢れ出す。何やら、凄まじい力を自分でも感じ取れる。
「レベル98、HP9850、MP8503、攻撃力865、防御力765……、何と。これほどまでの勇者は今まで見たことがない!」
鑑定士によれば、今までもこの異世界には勇者が何人か召喚されてきたが、平均レベルは30で、みんな魔王にやられてしまったらしい。
そう聞くと、さっきまでの王様や民衆の歓声が恐ろしく思える。果たして、この異世界に来てしまって良かったのかと。
自分が、これまでの何人もの「勇者」と同様に、使い捨てにされるのではないかと。
「私は魔術学院大魔法教授のリューゲです。勇者様のMPは素晴らしいが、まだ魔法詠唱の仕方もわからないでしょう。まずは、私の魔術学院に入学し、3ヶ月の修行を積んでいただきたい」
そうして、俺は案内されるがままに、魔術学院の施設を訪れた。
魔術演習場と呼ばれる屋外施設で、何人かの魔術師見習いのような少年少女たちが魔法を使っている。
「今、あそこで演習している子供達は、この学院の3年生です。通常は6年で卒業するものですが、勇者様には3ヶ月で全ての魔法を学んでいただきます」
「まずは、現在の実力を測るところから始めましょう。手のひらを上に向けて、その手の上に火の玉が出るイメージを浮かべます。最初はこれすらも難しいものですが、もしできたら、この火の玉をあの的に向かって投げつけてください」
俺は、半信半疑ながらも、言われるがままに火の玉のイメージをしてみる。
すると、瞬く間に火の玉が現れ、次第に頭の大きさを超えるほどに、大きくなっていく。
「あちちっ」
実際には熱刺激を感じたわけではなかったが、視覚的イメージから、熱さを覚えた。
そして、俺はすぐにそれを投げた。
火球は的を飲み込み、その奥の倉庫らしき建物に勢いよくぶつかる。
建物が炎とともに爆発し、爆音が辺りに鳴り響く。
「おおっ、何ということだ…」
「あれ、俺、何かしちゃいました?」
----携帯のアラーム音が鳴り響く。
気付くと、紘介はいつものベッドの上にいた。
頭の整理がつかない。
急いで朝の支度を終わらせ、いつもの顔見知り達とすれ違いながら電車に駆け込む。
電車はいつも通り人で溢れ、息苦しい空間であったが、思考にふけるにはそれほど悪くない環境だ。
人に囲まれた窮屈な場ではあるが、それを気を使わなければならない1人の人間とみなす必要はない。
「他人に迷惑をかけない範囲」であれば、一人で何をしていようと自由になれる空間だった。
改めて、今朝の「夢」について考える。
夢というものは起きてすぐに忘れてしまうものだが、なぜだか今朝の「夢」は鮮明に思い出せる。
それだけの「リアルさ」があった。
いや、「リアル」という言葉はおかしい。中世ヨーロッパですら、魔法を使うなんて現実は存在しなかった(…と少なくとも僕らは教えられているし、信じている。実際に中世ヨーロッパにいた人間は誰一人生き残っていないけど)。
少なくとも僕たちの常識では、異世界はアンリアルだ。
こんなバカげた話を誰かにしても、頭がどうかしたと思われるだろう。
しかし、どこの誰が、異世界に召喚された紘介がいなかったと証明できるだろうか。
あの世界は、パラレルワールドとして存在しているのかもしれない。
紘介はこの世界にいるが、パラレルワールドでは異世界に召喚されていて、魔王を倒し、姫(≒麗香)と結婚するかもしれない。
ラッセルの仮設に「世界5分前仮説」というものがある。
世界は今から5分前に創造された。そして、世界の人々はありもしない、5分以上前の過去の記憶とともに世界に生まれた。
この仮説を誰か否定することができるだろうか。
いや、世界が5分以上前から存在する事を証明することはできない。
同様に、この世界が唯一の世界だというのは、その思考が我々を束縛しているからであって、異世界が存在しないということは証明できない。
悪魔の証明というやつだ。
異世界は存在するかもしれないし、紘介は異世界に行ったのかもしれない。
しかし、今、紘介は「現実世界」にいる。それは疑いようがない。
現実世界とは何か。それは本当に存在するものなのか。異世界の紘介の夢がこの現実世界なのかもしれない。
しかし、紘介という存在は確かに存在する。
COGITO, ERGO SUM(我思う、故に我在り)
彼は異世界ではない、この場に確かに存在しているようだ。
もっとも、紘介がこの世界にいることが、異世界の紘介の非存在証明にはならない。
分子レベルまで同じ構造の人間を作り出したとき、この世に同じ人間は2人になる。
ただし、同じ人間を生み出した瞬間から、2人は違う空気を吸い、違う空間にいるのだから、別の人間になっていく。
将来、人間をテレポートさせる装置が開発されるかもしれない。
人間の構成データを転送し、記憶や知識まで完全に引き継いだ完全なクローンを別の場所に創り出す。
人までをも印刷できる、3Dプリンターの完成形とも言っていいかもしれない。
あとは、元の人間を分解してしまえば、この世にその人間は新しく作られた一人しかいないし、記憶まで完全に一緒のまま、別の場所に光の速さで移動できる。
ポケットの中のモンスターをパソコンで転送できるのも、こうした原理のためかもしれない。
ここで、元の人間を分解しなければ、2人の同じ人間(しかし、それぞれが次第に異なっていく他人)が存在することになる。
紘介の場合はどうか。
異世界に召喚された紘介の代わりに、現実世界の紘介は消えたのだろうか。
もし、消えてなかったら紘介は異世界に召喚されつつも、現実世界で生き続けることになる。
何かの拍子で現実世界の紘介が、異世界の紘介の記憶を受信することができさえすれば、この理論は成立する。
こうなると、もはや異世界の紘介は関係のない他人であり、夢の中でこの異世界物語を進めていくことは、小説サイトに無数に投稿されている異世界転生物語を読むのと大差のないことだ。
結局、紘介が異世界に召喚されていようが、されていまいが、現実世界の紘介には意味のないこと、いや、むしろ「本人だったもの」が成功していく姿は、かえって現実世界の彼の無力さを際立たせ、はた迷惑なことだ。
人々は物語の登場人物に自分の姿を投影させて楽しむ。
複数のヒロインに言い寄られるアニメを見れば、こんなにモテモテなのは、登場人物ではなく、自分なのだという幻想を抱くこともあるし、映画の主人公の悲劇がまるで我が身に起きたかのように涙が出ることもある。
しかし、どれだけ熱中しても、心の中どこかではそれが自分ではないことをわかっている。
それが、元々「自分だったもの」であるとき、人々は何を思うのだろうか。
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