愛は完全になりたいという願いである
昼休みが終わり、デスクに戻る。
先ほどの英文メールをオンライン翻訳してみると、どうも仕事の依頼らしい。
それにしても、なんで自分のアドレスを知っているのか、と紘介は考えたが、全く心当たりがなかった。
入江係長に相談して、オンライン翻訳の英語で返信することにした。
アメリカ人の同業者が日本に来るので打合せがしたいらしいが、今後、英語で日程調整をしなければならないと考えると億劫である。
一条さんが紘介のデスクの前を通る。
一条さんの課は少し奥に入ったところにあって、事あるごとに紘介のデスクの前を通らなければならなかった。
これが、彼にとって数少ない「幸運なこと」だった。
彼の部署は最近は忙しくないので、18時30分には職場を出れる。
この後、彼は大抵、家の近くの定食屋で食べて帰る。
この日も例外ではなく、行きつけの定食屋に足を運んで帰ったが、20時には家に着いた。
ここから、紘介の夜は始まる。
特にやることもなく、椅子に座る。
いわゆるゲーミングチェアで、容易にリクライニングができるので、座っていても快適である。
ネット動画で音楽を流しながら、漠然と今日の一日を思い出す。
何といっても、今日は朝、一条さんに話しかけられたのが一番の思い出だ。
紘介は今までの人生で彼女がいなかったわけではない。
もう8年はいないが、「彼女がいるか」と聞かれれば、いつも「今はいない」と答えている。
サークルで一緒になった子と1年付き合い、気がつけば些細な行き違いから、別れていた。
たまたま近くにいたから付き合うことになったけど、運命の人ではない。彼はそう考えていた。
運命の人というものが、この世にいるものなのかはわからないが、いるとすればそれは一条麗香だと盲信していた。
しかし、麗香は結婚しており、紘介のもとには来ない。
プラトンは「人間球体説」を唱え、男女は元々1つの球体だったと語る。
その球体を神が二つに割き、男女に分かれた。
それ以来、男女はお互いに元の球体のときに一緒だった片割れを探している。
しかし、星の数ほどいる異性の中で、誰がその片割れなのか、その片割れに一生のうちに会うことができるのか。
片割れが他の誰かとくっついていたら、どうすればいいのか。
無数のピースを持つジグソーパズルがあるとする。
一つ一つのピースには、額の中で与えられた位置があり、与えられた相手とつながるようになっている。
しかし、たまたま、本来予定されていないピースとくっついてしまうこともある。
ピースのパターンがどれだけ豊富にあっても、何千、何万通りも作り出せるわけではないから、絵柄は異なっても、同じ形ができてしまう。
たまたま、つながれる相手を見つけたとき、完全な絵はできないが、額の中に収まることはできる。
紘介にとって、麗香は本来一緒になるはずだったピースであり、麗香と一緒にいる顔も知らぬ「一条」は、たまたま、誤ってくっついてしまっただけのピースである。
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