20. 僕が手に入れたもの
僕らは次元ゲートから世界に踏み出した。そこは快晴の空の神社跡だった。
日差しが参道を眩しく照らし出している。照り返しが頬に熱く感じる。
落ち葉が赤やオレンジ色に輝いていて、風に舞い上がる落ち葉の数々が立てる音が、まるで喝采のようだった。
僕は帰って来た。
「今は秋ですか?……かなり日にちが過ぎているようですね、先輩?」
「ああ、あれから……3か月後くらいかな?」
「そんなに経ってるんですか……」
「並行次元移動は出来るが、同じ世界で時間を遡るのは出来んよ?それは世界のルールに抵触するから。この場合、問題は私だが」
「そういうものですか……」
「うん、時の流れは変えられない。世界の変化は常だ」
「おう、ぬし様ー!」
ケイコちゃんが手を振っていた。狛犬によりかかって呑んだくれている。
「帰って来たな?」
「ありがとう、ケイコちゃん!おかげで帰って来れたよ」
僕は深くお辞儀をした。なにせ神なのだから。いろんな意味で。彼女がいなかったら僕はきっとここに戻れなかった。もっとも、向こうに戻るのも無かったか。
「状況は分かったか?ぬし様よ?」
「うん、気付いたよ。ありがとう」
「まあそうお礼を言わずともよいよい」
ケイコちゃんが珍しく照れている。
「一応ケイコちゃんに聞いときたいんだけど……あの夢は本当にあったこと?それと僕が思い出した記憶も?本当に僕のもの?」
「うむ、本当じゃ。ぬし様は子供の時、この世界から、あの元の世界に転移した。それが真実。神の化身の端っくれのわしが言うから間違いはない」
「やはりそうか……なるほど」
「ぬし様、もし、それを事前に話しても絶対理解しなかったじゃろ?」
「そうだね……僕は無理だったと思う」
「ぬし様は忘れたかったんじゃろ?思い出したく無かった」
「僕は……あの世界で生きるにはそれしか無かったんだと思う。そうやって受け入れるしか」
「普通の人間には荷が重すぎるからのー。ははは、人間は脆弱じゃのー」
そう言えば相田さんがいない。
「先輩、アイダ……あ、いや、相田さんはいないんですか?」
「あー、アイダホから遅れるとかメッセージが来てるな……まあ、もう少ししたら来るんじゃない?」
「そうですか」
「はぁ、はぁ……三太さん!」
鳥居の所に相田さんが現れた。走って来たらしく、息を切らしている。
彼女はそのまま僕の方へ走って来る。
「会いたかった……!」
相田さんは抱きついて来た。ゲフッ!みぞおちに入った。
あと胸が超密着してます相田さん……。
「あの……そういう風にされると色々ピンチになるので困ります……」
「あ、ごめんなさい!つい!」
彼女は僕を見つめた。
「良かった……三太さん帰って来て……」
「帰って来ましたよ……ええ」
そし言うと彼女はもう一度僕をそっと抱きしめた。
「ずっと、ずっと待ってたんだよ……もう帰って来ないんじゃないかって思った」
「すいません……」
「あの時も……約束したんだよ。また会ってくれるって言ってたんだよ……」
僕は遠い昔の神社でのやりとりを思い出した。そうだ……僕は彼女と約束をしたんだ。
「あの時は……ごめん……」
「分かってる……分かってるけど……」
オカ先輩が眉をハの字にしてこちらを見ている。
「……何か見てるとムカつくな……アイダホ、ちょっとどけ!」
そう言うとオカ先輩は相田さんを引き剥がして、僕にぎゅっと抱きついた。
「お、オカ先輩?」
「えへへー。ああ、この匂い。フガフガ……」
相田さんが抗議する。
「ちょっと!岡本さん!何するんですか?」
「減るもんじゃなし、ちょっとぐらいいいだろアイダホ!むぎゅー」
「減ります!減るからっ!離れて!放して!」
「……ところで、ぬし様よ?」
ケイコちゃんが話し出した。
「え、何?」
「わし、ぬし様に取り憑くことにしたから」
「え?」
「式神としての契約は終わったから、そろそろ身の振り方を考えないといけないのじゃが……ちょうどいい身体がここにあることだし。依り代にしようかと」
「え?何?何のこと?僕どうなっちゃうの?」
「今までと特には変わらんよ?呼べば出てくる」
「ああ、それぐらいならいいよ!」
「やったー!じゃあサービスしちゃおうかなー?」
「え?サービス?何を?」
「いや、ちょっと体の密着を……あ……うん……」
「ちょっと!ケイコちゃんまで!」
相田さんは黙っていなかった。例え相手が神の端くれであるケイコちゃんでも。
「ちょっと!そこの淫乱付喪神!離れなさいっ!」
「お、なんじゃ?神に逆らおうと言うのかの?」
危なさそうなので僕が止めに入る。
「相田さん待って!ケイコちゃんも待って!あ……オカ先輩もそこでフガフガしてないで!」
「やだー、フガフガするー」
「わしも、このへんをぺったり……ああん……」
「二人ともっ!もうっ!やめて!」
止まらなかった。僕のモテ期は今最強に違いない。
しかし、これを続けると僕の理性がヤバい。ここは……いったん逃げよう。
「あっ!空にっ!……スパゲティ・モンスター神が!!なんてことだ!!世界は滅亡する!!」
「え?」
よし!僕が指差した方向に全員の注意が向いた。今だっ!
僕は走った。神社跡の外へ。どんどん走った。
……もちろん、すぐに階段降りる途中あたりで皆んなに掴まったのだけれど。
そういう訳で今、僕は雨の日に水着を着る習慣のある
……とは言っても前と全く同じと言う訳でもなく。
前と違うのは、まず相田さんが僕の側に寄り添うようになってくれたこと。次にケイコちゃんが僕を取り憑いているせいか、神通力的なものが使えるようになったこと。具体的には瞬間移動や剛力がちょっとだけ。そして……。
「あーん、はい」
モグモグ……。
昼の公園。僕は相田さんの作ったお弁当の特製タコさんウィンナーを頬張っていた。相田さんによるとモチーフはヒョウモンダコらしい。
……うん。まあ美味しいからいいけれど。
「そういや、最近オカ先輩を見ないね?」
「ああ、社内チャットで休暇取ったって見たよ。……気になるの?」
「あ、いや、ちょっと最近見なかったから気になっただけ」
「ふーん……」
「何やってるんだろね?」
「……さあ?」
と言っていると、目の前に稲妻が走り、次元ゲートが出現した。
「よし着いた……次元……オーケー。座標オーケーと。合ってる合ってる」
オカ先輩だった。銀色の服にゴーグルをかけ、宙に浮き、時計型の装置を確認している。
「先輩……」
「おお、サンプル君。アイダホも。いいところに。一応確認しとくが君らは私の知ってる君らかな?ドウユーノーミー?」
「そうですけど……先輩、宙に浮いてますよ?」
「ああ、テクノロジーの発達したパラレルワールドがあってな……浮いてるのはこのシューズの効果なんだが。まあ、これはたいしたもんじゃない」
オカ先輩はソール部分が緑色に発光しているシューズを指差した。
「先輩、休暇とって他の世界に行ってたんですか?」
僕は先輩に尋ねた。
「そうなんだが……一つ問題が起きたので帰って来た」
「え?」
「どうしても倒せない」
「は?何を?」
「サンプル君、君とケイコちゃんの力が必要だ」
「ええ?」
「さあ、行くぞ!アイダホ、君もついて来い!」
「あの!……僕、まだお弁当を食べ終わってませんし!午後から会議もありますし!」
「大丈夫、今から三十秒後に戻ってくるから。もっとも向こうの滞在時間は未定だがな。さあエブリバデ、レッツゴー!」
そして僕らはオカ先輩に連れられ、新たなパラレルワールドへと旅立った。
そこでは僕はケイコちゃんの力を借りてヒーローに変身して大怪獣を倒し、見知らぬ秘密組織と共闘して世界を救ったりしたのだが、その話はまた次の機会があった時にでも。
そんなこんなで僕はまだ平穏な日常には戻れなさそうだ。
だが、そんな生活もまた面白い。
「サンプル君、今だ!力の言葉を放て!」
「はい!」
(了)
雨の日は水着で 〜僕の行ったパラレルワールド kumapom @kumapom
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