19. 僕は帰ってきた?

 頭上で電撃がはじけた。


 見ると、まだ上で数十センチほどの次元ゲートが揺らいでいた。ゲートはスパークを散らしながらだんだんと小さくなり、そしてパチンと言う音と共に消滅した。


 ゲートが消えると、木々の葉の間をすり抜ける風の音が辺りに響いた。

 隙間から蒼黒の空に大きな満月が白く光っているのが見えている。

 夜の静けさが周囲を覆っている。


 僕は帰ってきてしまった……。僕の日常に。

 これで良かったのかどうか。今は判断がつかない。

 後悔はある。あるが、今の僕にはどうにも出来ない。どうしようもない。


 今、僕に出来るのはここから自分の部屋へ帰ることだろう?

 そうだ、それしかない。

 僕はそう思って立ち上がった。


 辺りを見回す。何か他に見えないか?

 少し先に明かりが見えた。街灯だろうか?人工の光だ。

 ここは神社跡では無かったのか?そう思いながらも、僕は草木をかきわけ、光を目指して歩き出した。


 草むらを進んだ。イオン臭が辺りに漂っている。さっきまでゲートがあったからだろうか?空気がまだ帯電した感じだ。


 草木をかき分けて出た先は公園だった。どこの公園だろう?

 オカ先輩の話では座標は同じ場所に移動するとの話だったが、やはりズレがあったのだろうか?神社では無い。


 公園はけっこう年季が入っていた。通路脇の石に苔が生えていたりする。しかし整備はされているようだった。ゴミはそれほど無い。

 アスファルトで舗装された歩道。植え込みがある。ベンチがあり、街灯が照らしている。


 その光景を見て僕は既視感を覚えた。

 この場所。この道幅。僕はここに立ったことがある。いや走った……?いつ?

 いや待て、ここはどこだ?


 そうだ、僕はちゃんと元の世界に帰って来たのだろうか?確かめる方法は?


 前の世界であることの証……何かそれが分かる物体は無いか?僕は辺りを見回した。

 そして僕は発見した。それはベンチに置き忘れていた誰かのビニール傘だった。

 オカ先輩の言葉を信じるとするならば、僕は元の世界に戻っているはずだ。そして傘があると言うのなら、もう間違いは無いだろう。


 僕は……どうやら本当に帰ってきてしまったらしい。帰ってきてしまったのだ。

 僕は傘の置いてあったベンチに座り、公園の風景をぼんやりと眺めた。

 突然空中から電撃が発生し近くの街灯に落ちた。街灯は一瞬で消え、辺りが暗くなった。

 何だ?僕は身構えた。まだ空間が不安定なのだろうか?

 しばらく様子見をしてみたが、別にそれ以上のことは起こらなかった。街灯もやがて明滅して元に戻った。


 とりあえず、もう少し歩いてみよう。既視感があるのが気になる。その正体を確かめたい。

 僕は立ち上がり、公園を回ってみた。


 しばらく行くと、見覚えのある岩があった。高さ2メーターほどの二つの岩。パラレルワールドでオカ先輩の転送機が置いてあったあの岩にそっくりだ。いや全く同じに見える。それが公園の中にある?

 つまり……もしかして、ここはあの神社と同じ場所ということか?

 ということは神社が無い?


 場所、場所を確かめたい。ここはどこの公園なのか?どうすれば?

 そうだ……スマホで地図を見れば!

 僕はスマホを取り出した。スマホは問題なく動作した。地図アプリを起動する。


 ここはディスティニーランドの近くの……公園?

 神社のあるべき場所が地図上では公園になっていた。やはり神社が無い。どういうことだ?


 他にヒントは?ここがどこで、どうして神社が無いのか、何かヒントは無いか?

 僕は公園の中を探し回った。そしてしばらく歩き回った後、公園の中央に出た。そしてあるものを見つけた。

 時計のオブジェだった。金属で出来ていて、てっぺんに飾り時計がついているものだ。文字盤の両脇に羽が生えている。


 これは……見たことがある。そうだ、記憶に残っている……思い出せ……。


 あの時だ!


 僕は思い出した。あの夢の中、いや、子供の頃、台風の中での出来事を。

 あの後、僕は立ちすくんでいた。この時計台の前で。


 彼女を家に送って行った後、僕は神社に戻った。通過すると家まで近かったからだ。

 僕は嵐の中、参道を走った。鳥居の方へ。

 次の瞬間、雷が目の前に落ちた。僕は目の前が真っ白になった。

 そして気付いたら、この時計のオブジェの前に立っていた。

 訳が分からなかった。ここがどこなのかまるで見当がつかなかった。

 僕は泣いた。


 その後、僕は確か泣きながら自分の家を探した。家はあった。家族もいた。母はなぜ泣いているのかと僕に尋ねたが、僕は何も答えずただ泣いた。そして眠った。


 それ以来僕はこの辺に近づかなくなった。怖かったのだ。

 その後、僕の家族は他の町へ引っ越した。

 僕は全て忘れた。忘れたかったのだ。


 つまり、僕は……?

 僕の元々いた世界は……?


 待て。これは僕の記憶か?いや、ここには僕しかいない。パラレルワールドじゃ無い。パラレルワールドの僕の記憶であることは無いはずだ。僕の記憶?僕はここにいた?それじゃあの夢も僕の記憶?僕の記憶?


 僕は……この世界に来た?あの時?


 なんてことだ……。

 僕はフラフラと近くにあったベンチに座り込んだ。


 僕は……この世界の住人では無かったのだ。

 自分のいるべき世界に戻ったのではなく、元の世界に戻ったのだ。……こっちが僕にとってのパラレルワールドだったのだ。

 実は僕はあのホームの目眩で、元々いた自分の世界に舞い戻ったのだ。


 多分、元の世界が異物である僕を元の世界に戻したのだろう。それを僕は、いらない努力を払って帰ってきてしまった。周囲に色々迷惑をかけて。


 僕は後悔した。あまりの自分のバカさ加減に思わず叫んでしまった。

 そしてベンチに転がり仰向けになった。息が荒くなっている。


 どうする?僕はどうすればいい?前と同じようにここで生活をすればいい?それはそうか。はは。

 それは出来る。出来るが……それでいいのか?僕はどう生きていけば……?

 何も思いつかなかった。何も思いつかなかった。生きていけるのは分かった。それはいい。いいんだが、それでいいのかは分からなかった。


 とりあえず、ここを出て電車に乗ろう。電車に乗って僕の部屋へ。あの部屋に戻ろう。そうすれば。そうすれば……!

 僕はベンチから立ち上がると、ゆっくりと歩き始めた。

 と、風が吹いた。


 最初はただのそよ風だと思ったその風は、だんだんと強くなって行く。

 なんの風だ?これは?


 風は一方向に一斉に吹いていく。僕は風の行き先を目で追った。

 スパークが空中で発生していた。それは一点に収束し……丸い形になっていく!


 あれは……まるで次元ゲートのようじゃないか?いやそうだ!どういうことなのか?

 ゲートはみるみるうちに大きくなっていき、三メーター程まで膨らんだ。

 揺れるゲートの放つ閃光が公園を白く染め上げる!


 人影が見えた。光るゲートの中に。

 その小さな人影はゆっくりと歩き、こちらに近づき、ゲートから出た。

 ゲートは同時に小さくなり、電撃を散らしながら飛散した。

 公園に静けさが戻った。


「あー、気持ち悪……目眩がする」

 それは……オカ先輩だった。


「よう、サンプル君、やはりこの辺に居たか。君のことだからまだいると思ったよ。久しぶりだな?ああ、君にとっては、ついさっきの出来事なのかな?」

「先輩!どうしてここに?」


「ケイコちゃんから、君がきっと後悔してると聞いてな。迎えに行ってくれと言われた。それで来た。いや、来るのは大変だったよ。三号機は壊れたから四号機を新たに完成させた。いや、これの開発が大変だったのなんの。失敗の連続で……」

「先輩……ありがとうございます……僕……僕……」

 僕は頬をつたう熱いものを感じた。

「おいおい、鼻水まで出てるぞ?」

「すいません……僕、自分が色々情けなくて……バカで……本当……」


「……君のことだから、だいたいの状況は察したんだろう?」

「僕は……思い出しました。過去にあったことを……思い出したんです」

「そうか……話はだいたいケイコちゃんから聞いているよ。彼女は一応、神の類だからな。うん、色々知っていたよ」

「そうですか……はは……」


「さて。帰るとしようか?」

 僕は一瞬迷った。……帰っていいのだろうか?何故かそう思った。

「僕は……帰っていいんでしょうか?いや、僕は何を聞いてるのか……」

「君が帰りたいなら帰ればいいだろう?他の誰が決めるんだ?帰りたく無いのか?」

「いえ、帰りたいです!」

「多分君はアイダホに受け入れられるかどうかとか、そういうことを気にしてるんだろう?一度は振り切って帰ろうとしたからな」

「……そうですね……多分それだと思います……」

「君が決めればいいんだよ?」

 僕は決めた。

「……帰ります!」

「よし、了解した」

「それじゃ……えーと……」

 オカ先輩は何かの機器を取り出し、辺りを見回した。場所を探しているようだ。

「何を探しているんです?」

「いや、ちょうどいい場所を……ああ、この辺かな?」


「……ところで先輩、さっきのゲートは消えてしまいましたよ?どうやるんです?」

「四号機を開発したと言ったろう……?」

「ええ」

「これだ」


 そう言うとオカ先輩はポケットから小さな機械を取り出した。角ばった銃のような形状の機械だ。

「これが四号機だ。進歩した。そう何度も使えないがな。エネルギー量に問題がある。これでも低燃費にしたんだが……まあその辺の話はいい。さて……ゲートを作るぞ!」


 オカ先輩は四号機を目の前の空間に向けスイッチを押した。

 四号機の先端からレーザーが宙に像を結び、次元ゲートが出現した。


「さあ行くぞ。アイダホも待っている」

「はい」

「ゲートは三十秒で消える。さっさと飛び込め!」

「はい!」


 オカ先輩は真っ先にゲートへ飛び込んだ。

 僕はゲートをしっかりと見据えた後、意を決してジャンプした。

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