18. そしてゲートは開いた
強烈な光が消えた瞬間、僕らは既に神社の鳥居の下にいた。それは一瞬の出来事だった。
「着いたぞ〜、ぬし様」
ケイ子ちゃんが自慢げにそう言った。
「ありがとう、ケイ子ちゃん!」
神社は台風の影響で木々が激しく揺れていた。木立の間から雨粒がバラバラと落ちて降ってくる。
奥の拝殿の辺りに、オカ先輩が、紺色のワンピースの水着姿でイライラ歩き回っているのが見えた。
僕は手を上げて急いで走り寄った。
「先輩ー!今着きました!」
僕がそう言って駆け寄ると、先輩はこっちに気付いて振り向き、笑顔になった。
「おお、やっと来たな!」
だが、先輩は相田さんの存在に気づくと、眉間にシワを寄せた。
「……アイダホ……?」
相田さんは気まずそうにしている。
「……来ちゃい……ました」
そして僕の方を振り向く。
「サンプル君、まさか、アイダホを一緒に連れて行くとか言わないよね?」
「いえ、それは無い……ですけれど……成り行きでここまで連れて来てしまいました」
「ほう……」
先輩は僕と相田さんの周りをグルグルと回りながら、訝しげに見つめた。
「連れて行くのは、実験としてはなかなか興味深いが……でも、色々用意してないから無理だな。ふーむ……」
先輩は少しくやしそうにそう言った。
「ははは……」
「と言うか、アイダホ君、邪魔はするなよ?」
「は、はい!」
相田さんが周囲をを見回している。
「……この場所……さっき話した場所です!……私の子供の時の……!」
やはり、そうなのか……。こっちの僕はどうやら相田さんと小さい頃に会っているらしい。ああ、こっちの僕は幸せ者だな。
参道の傍には二つの大きな岩があった。
岩は地面から生えていて両方とも高さが2メーターほどあるものだ。多分地面の下にかなり埋まっているのだと思う。
例のエンジンのような転送装置は、二つの岩に挟まれるように設置されていた。
装置本体からはケーブルが伸びていて、丸い台座のようなものに接続されている。
また、レンズのような部分があり、参道の方向を向いていた。多分、ここからエネルギーを空間に投射するのだろう。となると、台座はエネルギーを供給するものだろうか?
しかし、よく見ると装置はけっこうツギハギだらけだったりする。大丈夫かこれ……。
「オカ先輩、この装置どう動くんです?」
「あー、このレンズから三次元レーザーを参道上の一点に収束させて、ゲートを実体化させる」
「このレンズから?」
「そうそう」
「ゲートって何です?」
「次元の狭間への入り口」
僕はオカ先輩にこれから起こるだろうことを聞いた。
「僕がゲートに入ると最終的にどうなるんです?」
「そうだな……」
オカ先輩はスマホを覗き込み、こう言った。
「時空間の狭間に一度行き……次に、君のいたパラレルワールドの同一空間同一座標に送られるはずだ」
「つまり、元のパラレルワールドの、同じ時空間へ行く訳ですね」
「そういうことだ」
「場所がズレたりは?」
オカ先輩は上を向き腕を組んでしばらく考えた。
「……まあ、無いと思うよ?」
「分かりました」
ケイ子ちゃんが僕を見ている。
「ところで、ぬし様、本当に前の世界に戻りたいのか?もう一度念のため聞いておくぞ。別に戻らんでも良いような気がするのじゃが……」
「うん……僕は前の世界に対する責任もあるし……僕の居場所はあの世界だと思うから……」
「……ふーむ……なるほど、そう考えているのじゃな……まあそれでも良いか」
「懐かしいな……あの時も台風で。私、ここで会ったんですよね……」
相田さんが嵐の風に吹かれつつ、神社の拝殿を眺めていた。
あのことを相田さんに話そうか?
「実は僕もここに見覚えがあるんですよね」
「えっ?」
「と言っても……夢の話なんですけど……」
「夢?」
「多分、こっちの僕の記憶だと思うんですよ」
「……もしかして、三太さんだったんですか……?」
「こっちのね。その可能性はあると思います」
「え?でも……んー……」
彼女は何か考えていた。
「さて、これから次元ゲートを開く訳だが……」
オカ先輩が前に一歩踏み出し、こう言った。
「ゲートは引力を発生する。サンプル君以外は近づかないこと。うかつに近づくと吸い込まれるぞ?特に……いいな?アイダホ君?」
「はい、分かりました」
「吸い込まれるとどうなるかは……予測はしているが、アイダホ君は予定外なので考慮していなく、どうなるかは保証出来ない」
「はい」
いきなりビシッと転送装置から音が鳴った。
「ん?……おかしいな……んー」
オカ先輩がマシンを調べている。
「ああ、ケーブルが一本抜けてた……」
先輩……頼みますよ……。
先輩はケイ子ちゃんに話しかける。
「ケイ子ちゃん様!」
「ん?」
「この台にお座り下さい!」
そう言って、さっきの丸い台座を示した。
「ここか?ここに座ればいいのか?」
ケイ子ちゃんが台座にしなりと座る。
「そうです、そうです。オーケーです!」
「そう言われると褒められた感じがして、サービスしたくなるのー。どれ、ちょっと淫靡なポーズでも……」
「あ、いや、それはいいです」
「そう……?」
ちょっと不満そうだった。
「ではケイコちゃん様、では、これからやることを説明をします!」
オカ先輩がケイ子ちゃんに説明をする。パワーの注入方法と時空間座標などを教えているようだ。
「ふーむ、言葉と数字では今一つ場所が良く分からんなー、ぬし様、ちょっと
言われたまま僕は頭を差し出す。ケイ子ちゃんは僕の頭に手を乗せた。
「元いた世界のイメージをしてくれ。ぬし様」
言われたまま、僕は元の世界を想像した。会社、自宅、良く行く場所、良く会った人たち。その他にも色々想像をした。
「あー、うん、この方が分かりやすい。ふむふむ。だいたい分かった。いいぞ」
ケイ子ちゃんはそう言って手を離した。
「さて。小っちゃいの、酒はあるか?嵐でパワーが高まっているとは言え、大仕事にはそれ相応の
「ここに!」
そう言うと、オカ先輩は装置の横にあった荷物のカバーを外した。それはずらりと並んだ一升瓶だった。二十本はあるだろうか。
「おー、あるのあるの。よしよし、ではいただくぞ!」
そう言うとケイ子ちゃんは一升瓶を五、六本引っ掴み、飲み干した。
「ぷはー!力が湧いたぞ!ふんっ!」
ケイ子ちゃんがポーズを取り力を込めると衝撃波が周囲に広がった。さすが切れっ端とは言え神様である。並外れている。
風雨が更に強まっていた。大気に力が満ちているのが感じられる。
「さて、時間も無いし、装置を起動させるぞ?」
オカ先輩が装置の電源スイッチを入れる。ランプが点き、電源装置が低い機械音の唸りを立て始める。準備が出来たようだ。
「ケイコちゃん様!エネルギー注入お願いします!」
「ここにエネルギーを注げばいいのじゃな?」
「そうです!」
ケイ子ちゃんは台座に両手を押し当てると目を瞑り力を込めた。
彼女が眩く光り始め、転送装置のLEDランプが次々と点いて行く。
「おお、凄いパワー!これなら!」
オカ先輩が驚嘆している。
「では行くぞ!シズチーディメンションマシン三号機、起動!」
オカ先輩がそう言って転送スイッチを入れた。三号機だったのか。振動が地面を揺るがす。
装置に稲妻が迸った。電撃が上下左右に疾る。
装置のレンズが光り、レーザーが投射された。参道の上に丸い楕円形の球体模様が描かれて行く。そして一点に集中し大きく光った!
参道の上の空間に青紫色に眩く円形の光るゲートが現れた。電撃が周囲に展開している。ゲートから放たれた光が周辺をを青白く照らす出す。同時にイオンのような匂いが周辺に立ち込めた。空気が帯電している。
ゲートの中は何があるのか光っていてよく分からない。
「よし、ゲートが開いたぞ!実験成功!」
オカ先輩が喜ぶ。てか実験だったんですか……。
「三太さん……」
「相田さん、すいません。僕は行きます……」
彼女は何も言わずに僕の手を握った。
「……そっちが……三太さんの世界ですもんね……それが……当然なんですよね……」
「すいません……」
彼女はじっと地面を見つめていた。僕は何か言わないといけない気がした。
「あの!……僕が戻ればこっちの三太が復活すると思うので!その三太によろしく言ってやって下さい。僕は……偽物ですよ、ははは」
「……三太さん、私の目を見て下さい」
「え?」
「まっすぐ……私の目を見て下さい」
僕は彼女の目を見つめた。彼女は僕の心の底を見るようにこちらを見ていた。
「三太さんは!……偽物なんかじゃ……無いです!」
そう言って彼女は僕に抱きついた。僕は動揺した。なぜだか分からないがその言葉に激しく心が動いた。この感情は何だろう……。
オカ先輩が間に入る。
「そこ!悪いんだけど、ゲートずっと開いておく訳にもいかないから!早くして!」
「え、は、はい……」
僕はゲートの正面に立った。ゲートが渦巻いている。
考えた。本当に帰っていいのか?相田さんを置いて。しかし、僕は相田さんの考える僕では無い。しかし、僕が帰って、こちらの三太が復活するとして、それは今目の前にいる相田さんの望むことなのだろうか?相田さんはそれを望んでいるのだろうか。こちらの三太が復活する保証はあるのか?
僕が帰るのはほぼ責任感だ。この世界に居てはならない。その責任感。目の前の相田さんの気持ちとその責任感のどっちを取るべきなのか……。
僕が帰らなかった場合のこの世界はどうなる?それは確定事項なのか?いや、そうではないだろう。では?それは考慮する必要があるのだろうか?
彼女の瞳は僕を真っ直ぐ見ていた。この心を置いて僕は行くと言うのか?
「相田さん!」
「はい」
「……僕、帰るのやめます!」
「!」
オカ先輩があきれた目で僕を見ていた。
「何言ってんのサンプル君?」
「すいません、僕、どうしても彼女を置いて行けないです!」
「……君、優柔不断にも程があるぞ?」
「でも……」
「世界がどうなるか分からんぞ?」
「それは……分かるというか、理解出来るのですけれども……それは確定したことでも無いのでしょう?」
「……それはそうだが。君のような実例は他に無いからな」
「だったら……しばらく様子を見るというのは出来ませんか?」
「しかし、今、滅多に無いチャンスが訪れているのだぞ?」
「それは分かりますが……僕は……」
その時、火花の散る音がした。見ると、装置から火花が散っていた。あああ!
さらに装置は煙を吹き、電撃が装置から四方八方に飛び散った!
「危ない、避けろ!」
オカ先輩の声と共に僕らはそれぞれ電撃を避けた。
そして、太い電撃が一本、僕を追って来た。僕はついうっかりゲートの方へ逃げてしまった。
「あ、止まれ!サンプル君!そっちに行っちゃ……ゲートはまだ動いている!」
僕はゲートに強烈な力で引っ張られた。足を踏ん張ったが止まらなかった。
「三太さん!」
「近づくなアイダホ!吸い込まれるぞ!」
オカ先輩が相田さんを制止している。
そして僕はゲートに吸い込まれた。
そこは暗く、トンネルのような不思議な空間だった。無数の光の粒子がその空間を飛んでいる。その中を僕はまるで水に流される木の葉のように進んで行った。
時々、奇妙な風景が見えた。江戸時代のような、でも建物が別な国のような。外の時空間の光景だろうか?他のパラレルワールドだろうか?
やがてトンネルの先に光が差してきて、僕はそこへ落ちた。
しばらくすると、辺りの景色が次第にはっきり見えてきた。
匂いを感じる。木と草の匂い。風も感じる。嵐はもうそこには無かった。
僕はそこに存在していた。地面の上に。草の生えた地面だ。
周りを見回すと、木々が鬱蒼と生えていた。
それは山の上のの雑木林だった。
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