16. ディスティニーランド・デート

「台風の風速は約三十メートル。瞬間最大風速は五十メートルになるでしょう」

 テレビのニュースはそう言っていた。

 それはつまり同時に僕が元の世界に帰還する時が迫っていることも意味していた。


 ディスティニーランドに台風でも営業しているのかと問い合わせてみた。そしたら当然のように「営業しております」と答えられた。しかも「お客様ラッキーですね」とまで言われた。

 なんでも、”ストーミーパレード”と言うものを行うらしい。嵐の日限定のパレードだという。中身的にはディスティニーランドのキャララクターが嵐の中で踊るらしい。


 そして今日、約束の日曜日。僕は今、ディスティニーランド駅で相田さんを待っている。僕は”車無い民”だし、相田さんの家がどこかも知らないのだから、当然、駅で待ち合わせだ。


 雨が降っているので、当然のごとく海パンを履いてきた。そのままでは自分的に恥ずかしいので、上にオレンジ色の化繊のアウトドアジャケットを羽織ってきた。それでも下半身がスースーして違和感があるのだけれど。


 しばらく駅の南口で待っていると、相田さんがやってきた。僕と同じように上に黄緑色の腰ぐらいまである化繊のコートを羽織っている。バッグも防水のやつだ。

 彼女は恥ずかしそうに俯いてこちらに歩いて来た。


「待たせちゃいました?」

「いえ!全然!大丈夫です!今来たところです!何時間でも待ちますので!」

 いかん、自分の声が裏返っている。

「良かった……」

 そう言って微笑む。いかん、全ての仕草が可愛い。

「い、行きましょう」

 僕はぎこちなく手を差し出す。

「は、はい」

 彼女が僕の手をそっと握る。


 僕は空を見上げて喋った。

「台風来てるみたいですね……」

「そうですね……良かったですよね」

 やはりそういう反応になるのかこの世界は。空は曇天で雨がパラつき始めている。


「そう言えば、嵐の日はパレードと……」

 と僕が言った瞬間、突風が吹いた。

「きゃあ!」

 風で彼女のコートがフワリとめくれ上がった。

 彼女のコートの下の水着が一瞬見えた。相田さん、そ、その布面積の少ないビキニは……あまりに大胆では!


「み、見ちゃいました?」

「いえ、一瞬だけ。ちゃ、ちゃんとは見ませんでしたよ、大丈夫!」

 もちろん大丈夫では無い。とてもヤバい。いかんいかん、落ち着けー。


「あの……せっかくのデートなので、いつもとは違うのをと思って。思い切ったんですけれど……ダメでしょうか?」

「す、素敵だと思います!素晴らしいと思います!いえ、むしろ、とても素晴らしいと思います!」

 と、僕はとても素直に感想を述べた。

「そ、そうですか……良かった……」

 彼女は俯き加減で頬を赤くした。とても嬉しそうだ。


 そうだ、一瞬、目の前の素敵な光景に忘れそうになったが、相田さんに言っておかねばならないことがある。僕は今日、元の世界に戻る。その時なのだと。今のうちに言っておかないと。

「あの……」

「何でしょう?」

 彼女はニコニコして物凄く嬉しそうだった。その表情を見ていると、僕はどうしても次の言葉が言い出せなかった。

「……いえ……後で話します……」

「そうですか……」

 彼女はキョトンとした表情だった。


「さて、三太さん、何から回ります?」

「そうですね……じゃあ……まずはこのバスに乗って……」

 あらかじめ調べてあったルートでアトラクションをいくつか、彼女と共に回った。彼女の好みにも合っていたようで良かった。喜んでくれると嬉しい。


 食事もした。外はさすがに風雨で無理なので、レストランでトロピカル風のバーガーなどを一緒に食べた。可愛い女の子と食べる食事は美味しい。


 パレードも途中から少しだけ見た。雨の中、電飾のついた乗り物が列をなしていた。その上にディスティニーランドの水に関係するキャラクター達がいて、踊って水しぶきを上げていた。なるほどこうなるのか。確かにこれだと嵐の方が良い。


 ランド内を周っていると、だんだん風が強くなって来た。そろそろ台風が近づいているのだろうか?彼女の髪も強く風に靡いている。


「相田さん、そろそろ建物に入りましょうか?」

「三太さん、じゃあ、最後あれ行きましょう!こういう時やると面白いらしいですよ?」


 指差した先にあったのは、ジェットコースターで水に飛び込むアトラクションだった。

「じゃあ、行きましょう!」

「はい!」

 相田さんは子供のようにはしゃいだ。雨と水しぶきでびしょ濡れになるのが楽しかったらしい。


「あ……」

 相田さんがコートの前を押さえている。

「どうしました?」

「あの……ズレちゃったみたいで……はしゃぎすぎました。横向いてて貰えます?」

「え?は、はい!」

 彼女は背後でモゾモゾと水着を直している。くそう、不覚。

「……見てませんよね!?」

「は……はい!(残念ながら)」


 コースターが止まると、更に風雨が強くなって来た。灰色の雲が速く流れていく。

 そして場内放送が流れ始めた。

「台風の暴風域が迫ってきているようです。状況を見て建物内に入ることをお勧め致します」


「ちょっと中入りましょう」

「はい」


 僕らは近くの建物のフードコートに入った。ベンチが空いていたので隣り合って座った。外の風がゴウゴウと吹いている。どうやら一時間ほどは外は無理らしい。


「さすがに風が強くなって来ましたね」

「そうですね……」

 相田さんは外の木が風になびいている様子を見ている。不安なのだろうか?更に僕の手に自分の手を添えて来た。柔らかい。ドキドキする。

「こ、この建物、丈夫に出来ているらしいので、大丈夫だと思いますよ」

 そう言って安心させる。実のところ僕の内心はそれどころではない。


「昔、小さい頃に台風があって……」

 彼女は外を見ながらそうつぶやいた。

「……はい」

「あ、すいません、昔話なんですけれど。台風が来ると思い出してしまって……」

「あ、構いませんよ。僕でよければ聞きます」

「……そうですね、三太さんに聞いてほしいな……」

 ドキドキ。相田さん、あなた、本当は天使でしょう?


「神社で男の子に会ったんです。台風の時」

「……」

 あれ?ちょっと待って。その記憶……この間の夢と……。


「パッと見た時、彼のこと、ちょっと好きになっちゃって……思い切って話しかけたんです」

「……」

「そしたら、一緒に遊んでくれて」


 そう話す彼女の目がキラキラとしていて、僕はその瞳から目が離せなくなった。

 僕の目線に気付いた彼女は、恥ずかしそうに下を見つめた。


「彼は凄く優しくて……台風の中、送ってくれたんです」

「……」

「あ、もちろん昔の話ですよ。凄い昔の話。ちっちゃい頃の」

「大丈夫です。分かってますよ。ははは」

「三太さん、なんか似てるんです……あの、雰囲気とか……その人に……」

 彼女がチラチラとこちらを見てくる。それってつまり……。


「あの……それって……」

 僕は言い出せなかった。その記憶に自分にも覚えがあると言うことを。

 しかし、確かに記憶があるのだが、相田さんの言っているそれは、パラレルワールドの僕のことだろう。つまり僕のことでは無い。どう受け止めればいいのか。受け止めてしまっていいものか。


 彼女は僕にもたれかかって来た。彼女の頭が僕のすぐ横にある。僕は彼女の香りに包まれ始めた。ヤバい。どうしよう……。


 ピポピピ……。

 スマホにメッセージが来ていた。オカ先輩だ。


「あ、ちょっとすいませんメッセージが」

「あ、はい」


”もうすぐエネルギー的に臨界点が来る。早めに神社まで来たまえ”

 そう書いてあった。時間切れだ。


 もう言わねばならない。

 僕は彼女の手を取り、言うべきことを切り出した。


「すいません、相田さん。僕はあなたに謝らなければなりません」

「はい?」


 外の風がさらに大きな音を立てて窓を鳴らし、台風がすぐそこまで来ていることを告げていた。

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