15. 夢で見た場所
信号が青になり、車が発進した。風景が徐々に郊外らしくなって行く。
「作戦説明をするから、明日、現場に行くぞ」
そうオカ先輩から連絡が入ったのは前日のことだった。
今は平日の朝5時。先輩のバンに同乗し移動中。僕は助手席に座っている。
朝日が車内に差し込んでくる。まだ眠い時間だ。
行き先はディスティニーランドの近くの神社跡らしい。
「何でその場所なんですか?」
「それはパワースポットだからだな。近いし」
オカ先輩はそう答えた。パワースポットの力も借りると言うことらしい。使えるものは全て使えの精神だ。
「ここなのは君がアイダホとのデートをまだ断っていないからだぞ?」
先輩は僕を咎めた。
「ああ……すいません……」
そう、僕はまだ相田さんに言えずにいる。とても断りづらい。
出来ることなら、相田さんのことと、元の世界に帰ることを両立したい。そんな我がままなことが何とか実現できないか、今だ考えている。虫が良すぎだろうか。
「台風の進路には他にも霊力の強い山とか岩とか、興味深い対象はいっぱいあるのに……」
と、先輩はブツブツ言っている。ベストでは無いと言うことか。
車はやがて幹線を抜け、ある町に入った。
「そろそろかな?このへん?」
オカ先輩がナビの地図を見てそう言ったので、僕は窓の外の景色を見た。
「何て町ですか?ここ?」
「音無町……だったかな?」
何となく聞き覚えのある名前だった。
外を見ると、庶民的な郊外の町がそこにあった。沿線の駅が見える。不思議な既視感。どこかで見たような。
日に焼けて色が抜けて白くなっているアーケードのアーチ、老舗の煎餅屋の看板、昔からあるような庶民的な中華食堂などなど……。
「何か不思議な既視感のある街ですね……古いと言うか、ありがちな町なんですかね?」
「普通の郊外の寂れた感じに見えるが……うーん?」
あれ?僕の感覚がおかしいのだろうか?僕は何を見てそう感じたのだろう?
さらに風景を見てみる。
道端にある普通のポスト、交通標識、銭湯の煙突。何故かそんな些細なものにまで僕には既視感がある。どういうことだ?
車は繁華街を抜け、田畑の見える道に入った。
「そろそろ見えてくるかな?……神社のある森が」
しばらく車を走らせると森が見えてきた。
僕らは車を森近くの空き地に停め、森の中の舗装されていない土の小道を歩いた。
しばらく歩くと、神社のものらしきものの階段があった。階段の入り口には縄が貼ってあって、立ち入り禁止の札が下がっていた。
オカ先輩はその縄をひょいと超えた。
「いいんですか?」
「この札はただの管理してないって言う印だよ。別に危険物があるわけじゃ無い。前に確かめた」
「そういうものですか……」
僕も縄の向こうへと入った。
石の階段は古く崩れかけていて、落ち葉や土が所々に積もり、苔も生えている。
脇の木も欝蒼と生えて枝が伸びていて、階段が緑のトンネルになっている。
「ここは今は御神体が他に移されてしまっていてな。場所としての力は残っているんだが。来るのはパワースポットとかそういうのが好きなマニアだけだな」
「なるほど」
階段を登り切ると、鳥居が見え、参道が見えた。そして奥の拝殿が見え……。
僕はそれを見た瞬間、気が動転してしまった。
この神社の拝殿……そして左右の古い木々……いや、この神社の風景全体……これはいったいどういうことだ?
僕はこの間の夢のことを思い出していた。
そうだ、僕はあの拝殿の横で少女に虫カゴを見せて……そしてガラス玉を……。
オカ先輩は、立ち止まったままボーッと動かない僕に声をかけてきた。
「どうした?様子がおかしいぞ、サンプル君?」
「いえ、この神社、見たことが……」
「ほう、デジャヴと言うやつか……世界が書き換わったのか?」
オカ先輩はそう言って笑った。
「いえ、デジャヴと言うか……この間見た……あの、夢の中の話なんですけど……その光景にそっくりで……」
「予知夢でも見たか?」
「いえ、そうではなく……その夢だと僕は子供だったんです」
「子供?……さっきの様子と言い、もしかしてこの辺に住んでいたのか?」
「……いえ、そんな記憶は……記憶は……」
僕は必死で子供の頃の記憶を思い出そうとしていた。僕はどこに住んでいた?あれ?思い出せない。何て町だ?……おかしい……。
「サンプル君、脂汗をかいてるぞ?大丈夫か?」
「……大丈夫です。ちょっと……小さい頃の記憶が思い出せなくて……」
「ふーむ、何かトラウマでもあるのかな?まああまり気にするな」
「すいません……続けて下さい」
僕らは拝殿まで歩いた。拝殿は崩れかけていた。廃止されて十年は経ってそうだ。
オカ先輩は何やら機械を取り出し、計測を始めた。
「何を調べているんです?」
「重力異常とか、地磁気の強さとか……簡単に言うと地面から得られるパワーを。場所によって差があるんだ。地面の中に埋まってる岩とかで」
「なるほど」
よくは分からないが、やってることは理解した。
「ここがベストだな。力が強い」
オカ先輩は拝殿前の一本の木の前を選んだ。
「……そういう訳で、ここに装置を設置する。理論通り上手くいけば、その辺に次元をまたぐゲートが出現するはずだ」
オカ先輩は参道の途中を指差した。
「分かりました」
「台風が来て、エネルギーが十分になったら、君に連絡を入れるから。そしたら来てくれ。場所は分かったろう?」
「はい」
オカ先輩は僕をじっと見ている。
「君、大丈夫か?会社休んだ方がいいかもな」
「いえ、大丈夫ですよ」
「そうか」
そして僕らは神社を後にし、会社へ向かった。
その日は一日中仕事が上の空だった。幸いミスはなかったものの。
そして仕事が終わり、家に帰り、探し物をしている途中、僕は押入れのダンボールの一つからあるものを見つけた。
「これは……?」
それはガラス玉だった。中に色とりどりの星が浮かんでいるようなガラス玉。
そう、それはこの間、夢で見たものにそっくりだった。実在していた?
「あれは夢では無く……現実?昔あったこと?」
物的証拠から推測すると、そういうことになりそうだ。しかし、僕はその辺りの記憶が抜け落ちている。もしあの夢がそのまま現実だったならば、僕は台風の中を走って……どうなった?
それが分かったのは相当後のことだった。
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