14. 嵐がやって来る

 ——夢を見た。それは遠い過去にあったような、夢の中だけの場所のような。とても不思議な感じだった。


 嵐が来ていた。僕は子供で、どこかの神社で虫取りをして遊んでいた。そこに小さな女の子が一人やって来て、こちらをじっと見ていた。彼女は何故かワンピースの水着を着ていた。


「お前、危ないから早く家に帰った方がいいぞ。嵐だぞこれ」

「最近引っ越して来たの。お兄ちゃん遊んで」

「……俺、女の子の遊びとか知らないぞ?」

「じゃあ、そのカゴの虫見せてよ。あと、あたしの宝物見せてあげる」


 僕は彼女に虫カゴのカミキリを見せた。彼女は目を輝かせて見ていた。

 彼女の宝物は小さなカンに入ったガラス玉だった。中の小さな粒が星のように煌めいていた。

「キレイでしょ」

「へぇ……こういうのあるんだなぁ……」


 しばらくすると、サイレンが鳴った。町の警報だ。アナウンスをしている。どうやら強い嵐らしい。


「サイレン鳴ってるから帰るぞ!お前、家はどっちだ?」

「こっち!」


 方角は逆だった。僕は彼女の手を引いて家まで送り届けた。


「お兄ちゃん、気をつけてね」

「大丈夫だよ」


 僕は家路を急いだ。黒い雲が渦巻いていた。

 走った。急いで走った。早く、早く家に帰らないと……。


 サイレン……サイレンがうるさいな……いや、違うな。アラーム?着信音だこれ。


 目が覚めた。日曜の朝だった。

「夢か……」

 メッセージがスマホに届いて着信音が鳴っている。オカ先輩からだった。

 内容は、「嵐が来るぞ!」と言う内容だった。タイミング良いと言うか。


 嵐と言われても……何でまた?

 ネットで確かめると確かに台風が遥か南の海上に発生していた。

 僕はオカ先輩のメッセージに返信した。すると、近くの公園で説明するから来いと言ってきた。今日は特に予定は無いし、メッセージの内容が気になるので行くことにした。


 そうそう、ディスティニーランドのチケットが手に入った。高かったけど。

 相田さんに伝えると、ニコニコしながら、「うん、うん」と頷いてくれた。そして約束をした。僕の記憶が確かならば、約束は次の日曜日だ。

 


 公園の駐車場に行ってみると、一台の黒いバンが停まっていて、オカ先輩がその手前で手招きしていた。会社の時のように白衣を着ている。この服装は……単なる趣味だな。


「よし、良く来たな、まあ中へ」


 車の中へ入ると電子機器とケーブルの山だった。

 一台のパソコンのモニターにはさっき見た台風の進路が映っていた。

 それと二つ目のモニター。似たような感じだが、台風の進路ではなく、色分けされた天気図という感じのもの。そちらも台風のあたりが赤い色になっていた。


「喜べ、嵐がやって来る!」

「それ、どういうことなんです?台風が来るらしいのは分かりましたけど」

「チャンスだ!」

「?」


 オカ先輩が言うには巨大な自然現象が起きる時は、時空間が乱れるらしい。そう言えば前に聞いたことがあるような。二つ目のモニターはその時空間の乱れを色で表示したものらしい。


「つまり台風がチャンスだと?」

「そう!我々はその異変に乗じる訳だ!」

「我々?僕も?」

「だから呼んだんだろーが!」

「何をするんです?」

「君を戻すんだよ!……『元の世界』に!パラレルワールドに!」

「ああ!」


 そうだ、半ば忘れかけていたが、僕は元の世界に帰ることを希望していたのだった。あれ?他に何か忘れているような……。


 オカ先輩は車の後部に積んでいる装置を指差した。エンジンのような見た目だが、分かるのは沢山のコイルとゴチャゴチャしていると言うことぐらいで、未知のテクノロジーの塊だ。


「これで次元のゲートを開き、君を並行世界へと送る」

「オカ先輩、何ですその超科学力は?」

「本とネットに書いてた理論を試すだけだが?」

「……試す?……今、そう言いました?」


 やはり僕は実験対象なのか。分かってはいたけれども。


「しかし、次元を超えるには、計算上、莫大なエネルギーが必要だ。通常そんなエネルギーは無い」


 オカ先輩は続けた。


「そこで、この自然現象がインカミングした!まさしく天の恵み。そして……!」

「そして?」

「我々は偶然とはいえ、時空間の神、ケイオス神の眷属を式神として召喚した。ケイ子ちゃんだ!」

「そうですね(偶然というか、手違いでしたけど……)」


「この二つの恩恵とパワーがあれば、理論上はゲートは開く……はず!」

「なるほど」


 そして、オカ先輩は助手席に行き、一升瓶を引っ掴んで来た。


「ケイ子ちゃんにナシつけるから、読んでくれサンプル君」


 あたりを見回した。幸い人はいないようだ。今のうち。


「笑わないで下さいよ?」

「え?ああ」

 僕は左手をかざし、ケイ子ちゃんを呼び出した。

「我、時空を操りし混沌の存在を召喚せん、ケイオース・パゥワー!!!」

「ププッ、カッコいいなw君」


 思いっきり笑われた。

 そしてケイ子ちゃんが、またダラリと寝そべった格好で現れた。


「やあ、ぬし様よ。御機嫌よう。よしよし、御神酒はあるな。結構結構」

「ケイ子ちゃん様!」

 オカ先輩がお酌をする。

「おう、こないだのちっこいの」

「お願いがあるのですが……!」


 オカ先輩はケイ子ちゃんに装置の説明と力を貸すことを頼んだ。


「今やれば良いのか?やるぞ?」

「あ!いえいえ!今ではなく、やがて時が来ます。その時に改めてお呼びしますので」

「あい分かった」


 ケイ子ちゃんは了承した。しかし、僕は帰れる喜びよりも、この間やってしまったことを思い出して気が気ではなかった。



「しかして、ぬし様よ、こないだのおなごはどうするのじゃ?貴様の恋人ではないのか?」

「あ……そ、それは……!」

「こないだの……おなご?……アイダホか!どういうことかな?サンプル君?」

「そ、それはですね……」

「こないだ、わしが呼び出されてな……」


 ケイ子ちゃんはこの間あったことをオカ先輩に話し始めた。

 当然のごとく、オカ先輩は僕を責めてきた。


「つまり、アイダホと仲直りした?え?君、何考えてるの?」

「……いや、あの……」

「どうするのかな?君は?残るの?この世界に?……それとも帰るの?どっち?」

「え……と……」


「……とりあえず長そうだし、わしは用が無さそうだからまた戻って寝るよ?エネルギー食うんだよねこの形態だと」

「あ、はい!結構です!ありがとう御座いました!」

 ケイ子ちゃんは腕輪に戻った。


「サンプル君、用意はするけど?こんなチャンスは滅多にないぞ?」

「……はい……」

「あと、君が帰らない選択をした場合、時空的に大変なことになる可能性があるぞ?」

「と言うと?」

「君は時空的に特異点なのだから、そこから時空のほつれが生じる可能性がある。その場合、何が起きるのかは予想が出来ない。今はケイ子ちゃんが抑えていると思うが、先のことは分からないぞ?」

「なるほど……」


「具体的な場所は台風の進路次第なので、追って連絡する。いいな、決断しろ」

「はい……」


 そしてオカ先輩はクルマに乗り込み、去って行った。


 そうだ。僕は最悪な気持ちを回避するために、ケイ子ちゃんを使い、相田さんと仲直りをして、さらにはデートの約束まで取りつけた。

 確かに、相田さんとの仲は最悪の状態からは脱したが、ここから去ることを考えると、さらに最悪のことをしてしまった気がする。


 相田さんの気持ち、僕の気持ち、そして元の世界に帰ること。どれも全部叶えるのは元々不可能だったのだ。僕はアホか……アホの子なのか。


 どうしよう……。



 そして数日が経過した。台風の進路がだんだん明らかになって来た。

 真っ直ぐこちらに向かってやってくるらしい。


 ちょうど直撃するのは次の日曜日だった。次の日曜日?あれ?


 ……それは、相田さんとデートの約束をした日だった。


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