13. 式神の力
「我、混沌と時空の力の化身を今此処に召喚せん——セイオーーーーン!パゥアーーー!」
僕は魂を込めて式神のケイ子ちゃんを呼ぶ召喚呪文を唱えた。
これで多分、稲妻がドドーンと落ち、色とりどりの光線がババーンと降り注ぎ、さらには僕のオーラが光って、最後に式神のケイ子ちゃんが現れるに違い無い。
来い!来たれ!式神ーーー!ケイ子ちゃんーーー!
(10秒経過)
「……あれ?」
(……違うじゃろ……)
心の中で声が聞こえた。ケイ子ちゃんの声だ。
相田さんは笑いを堪えている。
「……三太さん、何やってるんですか?……フフッ……」
「いや、あの……そのですね……」
ケイ子ちゃんに聞いてみる。
(何か違いましたか?ケイ子ちゃん?)
(呪文が違う……)
(……あれ?)
ケイ子ちゃんと話さないと先に進めなさそうだ。
「式神さんと打ち合わせします。ちょっと待って下さい」
「はい???」
僕は天を仰ぎ、胸に拳を当てたポーズをして、颯爽とケイ子ちゃんに語りかけた。
ポーズは特に意味はない。
(ケイ子ちゃん!)
(はいはい、こちらケイ子ちゃんですよー)
(出て来て下さいよ!大事なところなんですよ!僕、ピンチなんですよ!)
(……あのな、わしはケイ子ちゃんじゃろ?)
(そうですね)
(ケイオス神の化身の分身だからケイ子ちゃんなんじゃ。だから、最初の言葉は“ケイオース”じゃろ)
(あ)
(君は『セイオーン・パゥアー』って言ってたぞ。セイオンって誰?静音?静かなの?静音パワーって洗濯機か何かか?廻るぞ?静かに廻っちゃうぞ?)
(すいません、やり直します……)
良し分かった。
「手違いがあったようです」
「?」
「では新ためて」
「我、空虚なる時空を操りし者を此処に召喚せん!——ケイオース・パワー!」
ポフッ。
腕輪が煙になり、地面にデロデロと広がって行く。そして煙は人の形を形成し始める。
想像とかなり違ったが、これはこれで。カッコ良くはないけれど。
「え?え?」
相田さんは驚いて目の前の煙が形になる光景を見ている。
そして、式神、ケイ子ちゃんこと、ケイオス神の化身の分身が、地面に飲んだくれて横たわった姿で出現した。
尻尾がピチピチ跳ねている。もちろんスルメは齧ってる。
「誰です?この方?」
「式神のケイ子さんです」
相田さんが人間と思うのも無理もない。ケイ子ちゃんは耳が尖ったり尻尾が生えていたりするが、よく見ないと分からないし、一番目立つのは、手に持つビール瓶とコップだ。あとスルメ。
どう見ても何かの事情で公園で呑んだくれてる水商売系の女の人である。
「ぬし、酒は?御神酒は?」
「え?お酒?」
「あのちっこいのから聞いてないか?呼び出しにはエネルギー、つまり相応の御神酒が必要じゃ」
用意してない。辺りを見回す。ああ、目の前にコンビニがあるじゃないか。
「あの、用意してないんで、そこのコンビニで買ってきます。相田さん、二分程お待ちを!」
「……はい?」
急いで一番高そうな大吟醸「鬼渡」と言うやつを二本買ってきた。
すると相田さんがケイ子ちゃんの前にしゃがんで二人で話し込んでいた。
「三太さん、この人、ただの露出狂の方とかじゃないですか?」
「そんなことありません!相田さん、これを見て下さい!」
先の尖った尻尾を手に取って見せる。うねうねと動いている。
「これ何です?」
「尻尾じゃ。可愛いじゃろ?」
「……電動で動いてるんでしょうか?良くできてますね」
信じてない。
「三太さん、この方、どこかで雇った劇団の方?」
疑っている。
どうすれば信じるだろうか?
「本人に質問してみては?」
「……そうですね……」
「あなた、岡本先輩に呼び出された存在ですか?」
「ぬしよ、この
「そうですそうです」
「うむ、その通りじゃ。あのちっちゃいのがわしを召喚したぞ」
「ほら、聞きました?」
「あの、異界の方なので?」
「異界というか、神界に片足突っ込んでる感じじゃな。神の化身の分身」
「偽物でしょ?」
「本物じゃよ?」
「神様の化身の分身だとか、デタラメに決まってます」
「
「本物の証拠がありません。そんな、神様の化身とか言われても……」
「端くれとは言え、時空を操る神の力、なめるなよ?よかろう、我が力見せてやろうぞ!」
ケイ子ちゃんはむくりと立ち上がり、一升瓶を引っ掴むとゴクゴクと2本とも飲み干した。
「はいはい、おぬしら、そこへ並べ。そして、わしの手を握れ」
二人でケイ子ちゃんの手を握る。
すると、ケイ子ちゃんは目を瞑り、こうアナウンスを始めた。
「本日はケイ子ちゃん時空間観光ツアーにお越しいただき誠にありがとうございます。それでは——」
黄色い目が光った。
「——跳ぶぞ!」
風というか、光の粒子が吹きすさんだ。
一瞬にして夜の公園の景色が幻のように粉々に吹き飛び、代わりに明るい青空が広がった。日光が熱い。公園の景色が光る塵となって消えていく。
そして僕らは地面にすっと降りた。あたり一面の草原だった。地平線の彼方まで緑の草原が広がっている。生暖かい風がそよいだ。
「ここどこです?」
相田さんが目を見開いて戸惑っている。
「どこじゃろな。適当に飛んだが。地球の上なのは確かじゃが。時間も少し飛んだかな?」
「これマジックの一種でしょ。騙されませんよ」
「この
風景が走って溶けた。
次に見えたのは丸い地平線。空が黒い。青くない。かなりの高空だ。
そして僕らは一瞬無重力状態になり、次の瞬間落ちた。一気に下方へ。物凄いスピードで。
「わーーーっ!ちょっとーー!」
「きゃーーーっ!」
速度はぐんぐん上がり、凄い風圧が襲ってくる。
「わははー!どうじゃ?信じたか?そこの
「はいっ!はいっ!……もう分かりましたから!……戻してーーー!」
「よし」
空間が弾け飛び、手前にぐにゃりと歪んだ公園の球が見えた。そして球が大きく広がり、元の公園に戻った。
僕らは地面に座り込んでいた。
「……幻覚?」
思わずそう言ってしまった相田さん。そのセリフいけない!
「……そう言うならもう一周アンコールツアー行くかの?」
ほら来た。
「いえっ!いえっ!結構です!結構ですっ!」
相田さんは必死でケイ子ちゃんを止める。
「ぬしよ、まだ用はあるか?」
「いえ、大丈夫です!」
「んじゃ寝るか。またの。次は御神酒を忘れるでないぞ」
そしてマジックの鳩が出るような音が鳴り、彼女は元の腕輪に戻った。
「相田さん、今のが例の式神です。信じましたか?」
「……半信半疑ですけど、まだ風を感じるほど実在感がありました……普通で無いのは確かですね。信じるには値すると思います」
地面に座っているのに気づいたので、立ち上がって相田さんに手を差し出す。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます——あっ……」
相田さんがよろけて僕の腕に掴まった。
「すいません、まだちょっと膝が震えてて。……ちょっとこのままでいいですか?」
「大丈夫ですよ」
「……前に、いえ……凄い昔にこんなことがあった気がするんです。小さい頃なんで覚えてないんですけど、感覚だけ覚えてるんです……凄い似てて……」
「……そうなんですか……」
「あ、すいません、突然。……もう大丈夫だと思います」
「いえいえ」
そう言えば、あのチケットは必要になったのだろうか?
「あの、今度、デートに誘っても良いですか?」
「えっ」
「ディスティニーランドのチケットが手に入るかも。もし手に入ったら……」
「……そうですね、手に入ったら……」
彼女はそう答えてくれた。
「おやすみなさい」
その後、彼女を駅まで送り届けた。
夜の天空を仰ぐと、月明かりが煌々と輝いていた。風が冷たい。さっきの光景が嘘のようと言うか、この風景さえも本物では無いような気がした。まあ考えすぎだろう。
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